第3章 お祭りのあとに
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その後も様々なバンドによるライブによって体育館は異常な熱気に包まれていった。そんな中あの赤いギターの子のバンドはとてつもないインパクトを俺の中に残していった。

「そろそろじゃね?吹奏楽部の出番。」

俺や入山はそもそも音楽が好きだからこの音楽祭を楽しめているが、全くと言ってよいほど音楽に興味がない高野は溶けた氷水しか残っていないタピオカジュースを飲み干した。
最後のバンドがいなくなって体育館はライブハウスから音楽ホールへと姿を変えようとしている。

「お前ら、上西がこういう舞台で演奏するの見たことあるの?」

ふと高野が聞いてきた。

「俺はステージで演奏する上西さんを見るのは初めてだな。」

下駄箱で吹いているところしか見たことないもんね、と入山が続いた。




2年生の一学期が終わる頃、数学の期末テストの成績が悪かった何人かは篠田先生によって居残り勉強をさせられていた。俺もその中の一人だった。夕方5時を過ぎて集中力も切れてきてプリントの方程式を解くのが憂鬱になると、毎日必ずどこかからフルートの音色が聞こえてきた。その音色がとても心地よく耳に残り問題を解く右手がスラスラと動いていった。そんなある日、少し早めに居残りが終わり廊下を歩いていると、毎日教室で聞いていた音色が聞こえてきた。俺の足取りは自然と音色が聞こえて来る方へと向かっていき気がつくと下駄箱に着いていた。そこにはたった一人でフルートを吹いている女の子がいた。その顔は毎日教室で見る顔だった。

「あれ、山下くんやん。なんしとん?」

演奏を止めた上西さんが話しかけてきた。

「毎日聞いていたこの音色って上西さんだったんだ。綺麗な音色だね。俺、ファンになっちゃった。」

「ファンに……?ふふ、初めてそんなん言われたわ。ありがとう。」

同じクラスになって数ヶ月、これが俺と上西さんの初めての会話だった。




「あっ、出てきたよ!」

入山の声で近くも遠くもないあの日の記憶から現実に戻された。ステージに目をやると吹奏楽部のメンバーが続々と姿を現していた。

「恵見つけた!」

「どこどこ?」

客席から見て右側のはじっこに上西さんの姿はあった。やや緊張しているようにも見える。
さっきまでとは変わって体育館は静まり返っている。指揮者の合図で演奏が始まっていく。最初は小川のせせらぎのように小さかった音が重なっていき、だんだん大きくて迫力のある音へと変わった。クラシックの知識がない俺や高野でも一度は聞いたことがある曲だ。
上西さんは他の楽器に負けないように一生懸命フルートを吹いている。たくさんの音が聞こえてくる中、はっきりとあの下駄箱から毎日聞こえていたフルートの音色が耳に入ってくる。
大ホールでやるコンクールのメンバー、一軍のメンバーではないけど、体育館でやる文化祭のメンバー、二軍のメンバーだけど、彼女たちの演奏はテレビで見るヨーロッパの一流のオーケストラの演奏に負けていない。

「かっこいいな……。」

俺は思わず呟いてしまった。

「そうだね。みんな輝いて見える。」

入山が俺の呟きに答えた。たぶん同じようなことを考えているんだろう。きっとステージ上から俺の顔は見えない。けれどここからはステージ上の全員の顔が見える。‘‘頑張れ’’と朝は言えなかった言葉を、上西さんだけじゃなくステージ上の全員に心の中で送った。

バンバンバン ( 2014/07/24(木) 13:43 )