第1章 陽に映える少女
02
家から自転車で通える距離。

俺は、これだけの理由で私立高校はこの学校を受験した。もちろん当時は第一志望の公立高校に受かるものだと信じていた。
入学して1年半、実際に自転車で通ってみると坂道も多く、宿題も多いし、嫌なことばかりだ。1年生の時は本当に学校に行きたくなくなる日もあった。学校という小さな世界がうっとおしく感じた。けれども、2年生になって少しだけど、この学校に好きなことが見つかり始めた。

その一つが放課後に鳴り響く様々な楽器たちの音色だ。
教室を後にし廊下を歩き階段を下りていく間にたくさんの音色が駆け抜けている。
下駄箱に着き、靴を履き替えていると今は聞き慣れた少し詰まった感じのフルートの音色が聞こえた。

「あっ、山下くんだ。」

演奏者が俺に気づいてしまったので音色は鳴り止んでしまった。

「どうも上西さん。今日もここで自主練なんだね。」

「うん、下駄箱の匂いが好きなんよ。なんか落ち着くねんな。」

フルートの演奏者は同じクラスで吹奏楽部に所属している上西恵。

「毎回思うけど、この匂いが好きって変だよ。」

「えーなんでよ!?」

この学校の吹奏楽部は全国でもトップレベルらしく、全国から人が集まってくる。彼女もその一人で遠くは関西からこの学校を受験している。吹奏楽部の部員は150人を超えていてコンクールメンバーに選ばれるのはごくわずかの人数で、選ばれなかった人たちは毎日このように校舎の何処かで自主練をしている。
1学期の終わり頃から上西さんはこの下駄箱で自主練を始めてから、毎日帰り際にぎこちないけど何かくせになる彼女のフルートの音色を聞くのが俺の楽しみの一つになっていた。この学校での彼女のファン第一号だと宣言している。

「ねぇ〜恵、そんな宿題サボり野郎は放っておいて続き聴かせてよ。」

下駄箱の隅から彼女のファン第二号がこちらに顔を覗かせていた。

「はいはい、ごめんな杏奈。」

上西さんは自主練を再開しだした。俺は少しムッとしたので、

「宿題サボり野郎じゃなくて、宿題やって来なかったボーイです。」

とおどけてみたら、

「どっちも一緒や!」

ファン第二号よりも上西さんが先に突っ込んできた。

「流石関西人…。」

上西さんのファン第二号こと入山杏奈は上西さんの突っ込みの早さに関心しているようだ。
入山杏奈も俺や上西さんと同じく2年5組篠田学級のクラスメイトである。彼女は学校でも5本の指に入る美女と言われているが、夏休みの終わりがけに野球部キャプテン高野と付き合い始めた。2学期が始まってからは野球部の練習が終わるまでこのように上西さんの自主練を見つめながら、時間を潰しているみたいだ。

「何そのゴミ袋?」

そう聞いてきたのに入山は上西さんの演奏に見入っている。
正直言って何故高野が入山と付き合うことが出来たのか理解し難いくらい2人は不釣り合いに思える。

「篠田先生から焼却炉に捨てといてって頼まれた。」

俺の返答も聞こえてないみたいなので、荷物を持って下駄箱を後にした。


「焼却炉って……確か幽霊出る噂あらへんかった?」

「何それ?初耳だよ。」

2人の会話も俺には聞こえて無かった。

バンバンバン ( 2014/07/08(火) 01:01 )