第21章 一滴の涙
04

場所は制服を着ているから音楽室のように感じるが、あの映像の一瞬を切り取られたような写真、楽譜を眺めて真剣に練習をする遥香の横顔にやっぱりかわいいと思ってしまう



「これって全部島崎なのか?」


危うくデレっとしてしまいそうになるほほに力を込めて俺は、そうと答える、この奇妙で少し恐怖すら覚える映像に再び潤一の口はみるみるうちに開いていく


そして画面の映像は引きの画に変わるとその正体がすべて現れる、その数は少なくても300枚くらいはあるのだろうか、俺にはまったく理解できないその小部屋から撮った映像も写真もどうやらこのためらしい


「ここはね山本の家なんだ」


「家?」


素直な潤一の驚いた声に大和はクスリと笑いながら言った


「これはでもほんの一部なんだけどね」


ほんの一部………


そうだ、山本湊は遥香の画像や映像を俺たちが入学してから、いや正確にはあいつと遥香が分かれた次の日から彼女の姿を収めていたらしい、そして遥香が吹奏楽に入部してこの壁だけでは収まらなくてデータで保存しているがその数は本人にも分からないほどだと聞いた



「けどよ、家って親とか入ってきたらどうすんだよ、これじゃエロ本みたいに隠せねぇだろ?」


潤一の言葉に俺と大和は顔を見合わせて笑う、でもその言葉に俺も同調する、もし俺の部屋がこんな風になっていて母さんが入ってきたら間違いなく倒れてしまうだろう


「親は絶対に来ないんだ」


「来ないって家なのに?」


「ここは家の敷地の中にある離れみたいなところだから」


山本の家はすごく金持ちだというのは聞いていた、でそこに住み込みで働いていた部屋に今誰も使ってなくてそこを利用しているわけで


「山本は普段ここで生活しているんだよね、まぁいわゆる1人暮らしみたいなもんで、音楽やってるし防音にもなってるみたいだし何をやっても分からない、それに俺が言うのもあれだけど、家庭が複雑で家族というだけでそれぞれお互いに興味はないんだ」



目を奪われた無数の写真のほかには整頓された棚が1つおいてあるだけの部屋、それは潤一が理科室と間違えてもおかしくないくらい人が住んでいるようには思えないくらいにがらんとしていた


「王子様の異常さは分かったけどよ、なんでそれで龍太と島崎が別れた振りするんだよ?今あいつをフリーにしたほうが逆に危ないだろ、何するか分からねーじゃん」


不安そうな潤一は俺たちへ交互に視線を投げかける、すると俺が口を開こうとする前に大和が口を開いた


「逆にこのままじゃ危ないんだよ………」


「なんで?」


「ねぇ潤一、此処の場所分かる?」


「は?」


大和の見事なスルーに潤一はイラッとしていたようだが進んだ映像が切り替わり大和が停止ボタンを押すとついに潤一も目を奪われた


「………部室かよ」


「そう正解」


さすがに俺たちにとって教室の次になじみの深い場所


「なんでこいつこんなところにも仕掛けてんの?」


写っていたのはまだ春くらいの遥香がマネージャーをしていたころの映像だった、何やら片づけをしているようで椅子に上がって棚の上の段ボールを必死に取ろうとしていた


「でもよ、どれもこうなんて言うか普通って言うかよ、面白くないんだよな、もっと盗撮って刺激的なものなんじゃねーの?俺さちょっと島崎の下着姿とか期待してたのによ」


「ないから、そんなもん」


仮にあったとしてもお前には見せないよ、俺と潤一のやり取りを見て笑いをこらえきれない大和は手を口に当てて俺をなだめる


「山本は………ストーカーでも自分の欲を押し付けたりしないんだ、だから相手に何かを求めたりしない、だから真面目みたいな」


「真面目ね………」


「だから彼はね潤一が言うように、刺激的なことは何も望んでなんかいない、彼女を気傷つける気もないし汚すつもりはないと思う、だからこのいまの映像はね今までのとは少し違うんだ」


「違う?」


「うん………これは閲覧用とかじゃなくて監視用みたいなものなんだ」


「監視用って誰を撮るつもりなんだよ?」


「それは………彼女を………遥香ちゃんを汚そうとするやつ」



大和の目がくるりと宙を泳ぐ、そしてすぐに突き刺さった視線、それに誘導されるように潤一の視線も俺に注がれる



「え?こいつ?」


「山本にとっての遥香ちゃんはね、神様みたいないや女神みたいな感じだから」


俺が頷くよりも先にまた口を開いた大和


「でも別にそう思うことは問題なかったんだ、ただこうやって見ているだけで満足だったんだけど、前に見ちゃったんだと思うよ、遥香ちゃんから龍太にキスしたところを」


山本が俺に執着するのは、俺が何をしていたかなんてどうでもよくて、彼女が俺に何をしたかが重要だったってわけだ、だからいつ見たのか分からないが遥香煽れにキスしたあの瞬間その矛先は俺に向けられた


「彼はね本気で龍太を救いたいんだよ、女神に近寄る悪魔みたいな存在を、だから今どんな手を使ってでも彼女から龍太を遠ざけようと必死なんだ、もちろん遥香ちゃんにはいつもの山本湊と変わらない姿のまま」


その大和の言葉で俺は何度目かの痛みが心を襲う、横の潤一もいつになく真剣な顔でやんとに顔をむける


「だからじわじわと追い詰めていく、遥香ちゃんじゃなくてその相手を、だからこのままだと龍太が危険だったんだ、あいつは何でもするから………」




ライト ( 2017/02/01(水) 23:36 )