09
その日の夜の電話はいつもの何倍も沈黙が続いていた、いつもなら遥香がずっと楽しそうに話してくれるのに、今日は特に顔が見えないからいつもより思う感じる空気
「生田が気にしてたよ、いやな思いしてるって」
「え?」
「たぶん俺といたことでだと思うけど」
少し探るような言い方に遥香はまた急に黙る
「生田が俺のこと好きだって思ってない?」
「思ってるよ、だから………」
「だから?」
電話押しの遥香はずっと言葉を選んでいるように、また沈黙が続く
「だから、龍くんが生田さんに優しくしてるのが嫌なの………好きな人にやさしくされたら期待しちゃうもん、美音ちゃんの時も」
「向井地と生田は違うよ」
思っていたよりも口から出た言葉が尖っていたことに驚く、噂なんて本当にあてにならない、今だって遥香の知らないところではいろんな噂が飛び回っている
「違わないよ」
この多い空気を換えようと咳払いをしようとしたところで電話越しから遥香の俺より尖った言葉が返ってきた、尖った言葉のやり取りはお互いを傷つけていく
「優しいことはいいことだよ………でもそれが正解だなんて限らないよ」
それは遥香の今の心の不安を載せた言葉、不安を募らせたゆえの言葉、そうと分かっていても俺の中で何かがざわざわと動き出す、その何かわからない存在に重心を取られた感情の針は大きく揺らされる、もしかしたら俺は気づかない間にかなり溜め込んでいたのかもしれない、そう気づいたのは言葉にした後だった
「自分だってそうなんじゃないの」
「え?」
「優しくしてるから山本が付け込んでんだろ?」
限界までずっと溜め込んでいた言葉は一気に溢れ出てしまった
「付け込んでなんか……山本先輩はしないよ!」
「してんだよ!」
俺はどうやら、今まで歩いていた真っ暗な森の中を抜け出してしまったようだ、そしてそこにいる自分はただ孤独にいる自分、今ならもしかしたら戻れたかもしれないのに、俺は1歩ずつ前に進んでいる
「龍くん………」
いつもならその声に胸を痛ませる遥香の涙を含んだ声も今日はなぜか何も感じない、俺は力なくベットに体を投げ出し、ずっとただ天井を見つめていた
もういっそのこと、本当に壊れてしまえばいいのに、そしたら俺はあいつと、そして自分と闘わなくて済むのに、言葉にできない悔しさも、うまくいかない気持ちも靄がかかった感情がどんどん濁りを増していく
「あいつは今でもお前のことが好きだよ」
今まで遥香を守るため必死に隠してきた言葉も、もう今の俺には隠すこともできずにただ簡単に口から零れ落ちた、神経が麻痺してしまったみたいにもう何も感じない、今ならどんなことでも言ってしまえそうだ、だったらもう取り返しのつかない言葉をぶつけてしまおうか
そんなことも思ってしまう
「龍くん何言ってるの?そんなことあるわけ」
「遥香は渡さないって俺にあいつは言ったよ」
沈黙が走る、今遥香はどんな顔をしているのか、そんな少しばかりのやさしさをまだ今の自分が持っていたことに少し驚く
「だって、私に仮入部の時、ほしいのは技術だって言ったんだよ」
そんな風に言われてももう驚きもしなかった、あいつならもうどんなことでもしそうだから、でももしかしたら今のこの会話もすべてあいつの思惑通りなのかもしれない、山本に敷かれたレールの上をずっと走っている気がする
「じゃさ………俺と山本のどっちかが嘘をついてることになるな」
「龍くん………」
真実はいつも1つ………よく刑事ドラマで聞く言葉、俺は無性に真実が聞きたくなった
「遥香はどっちを信じるの?今の彼氏と昔の彼氏」
無感情に俺はどんどん追い詰めていく、もしかしたらこんなふうにしていずれ遥香の大切な夢も希望も全部奪ってしまうかもしれない自分の存在がたまらなく鬱陶しかった、今もう俺は遥香にとってマイナスの存在なんじゃないかって、山本に遥香を委ねたほうが遥香は幸せなんじゃないかって思う