07
昼休み俺は遥香と部室で会うことになった、そう提案してきたのは用事があるらしい遥香からで、不思議に思ってどうしてか尋ねたけどまたもや遥香は俺の質問には答えなかった今回もふふっと笑って「ちゃんと来てね」と首を少し傾けた、そんなかわいいしぐさでお願いをされてしまったら拒否することなんてできなくて首を盾にふることしかできなかった
そして俺は今ちゃんと彼女を部室で待っている、でもただ座って待ってたら、待ってましたと思われたら嫌だから見栄を張って自分のロッカーを掃除する
でも昼休みに部室に来るなんて久しぶりだ、1年の時はよくこうしてずっといた気がする、騒がしい教室から逃げるように音をシャットアウトするように閉じこもっていた、それがこの何か月かで教室で騒いでるのも全部遥香のおかげだ、なんて別のことを考えていても話の結末には遥香と結びつけてしまう俺はどんだけ頭の中を侵食されているのだろうか
「龍くんごめん」
その時ドアが開いて遥香の声が聞こえる、急いできたのかまた息は切れたまま
「いいよ、それでなんで今日は部室?」
「太田先生がね、マネージャーのマニュアルとか合宿のこととか去年のデータが残ってるからってそれをプリントにしてッて言われたんだけど美音ちゃんは忙しそうだったから手伝ってもらいたくて」
「ああ」
そうして遥香から渡されたデータが入っていると思われるUSBを渡されるともう用事は済んでしまったけど、こんな密室でこのまま遥香を帰すのももったいないから、まだ宙に浮いていた手をつかんでロッカーを背にするように立たせる
「捕まえた」
今の自分は遥香を目の前にするとよくわかる、余裕という言葉がないってことを、本当はこうしてずっと遥香を閉じ込めておきたいのに、現実は山本が仕掛ける訳の周りを遥香は漂っている
「どうしたの龍くん?」
「何が?」
「だって最近なんだかおかしいよ」
「何か私に隠し事してるでしょ?」
「ん?」
「それもすーごく大切なこと」
思わずとくんと脈を打つ、もしかしたら遥香は気づいているのかもしれない
「あれでしょ?また告白されたでしょ?」
「はぁ?」
「もしかして誘惑?龍くん年上が好きそうだから」
また1人で妄想をしているのか、悩んで困っている顔をする遥香に笑いそうになる
「最近俺ってモテないんだよね、遥香のせいで」
「私のせい?」
「うん」
「いいのそのくらいで」
今の俺は遥香の目にはどのように映っているのだろうか、俺は遥香が言うほどモテてもないし、向井地も最近はぐいぐいと来なくなった
「そっかー私のせいなんだ」
ふふっとなんて口元が緩んでしまうほどご機嫌な様子、でもすぐにその顔は曇っていく
「あのね龍くん、しばらく一緒に帰れなくなると思う」
「部活の練習?」
「う…………ん」
遥香は頷きながらも歯切れの悪い返事をする
「山本先輩が、今から練習しといたほうがいいって………あっちに行ったときのためにって」
「…………」
山本のやり方は部長としてできることはやるって言う表向きは紳士的に優しくでも裏はじわじわと俺たちの間に侵食していく、遥香の言葉を遮るように俺は分かったと口を開く、それでも嫌な顔をしなかったはずなのに笑顔だって作ったのに遥香はそんなうわべだけの取り繕いではごまかされなかった
「分かってるよ………龍くんが先輩のことよく思ってないことも…………それでも何も言わないで応援してくれるのすごくうれしいよ」
無理に笑おうとする遥香の笑顔がなんだか辛く感じる、遥香を安心させるために「そんなことないって」言いたいけど手を出してしまったやつが言っても信憑性はない
「それは俺の問題だよ遥香が練習したいならすればいいよ、それに白間とか生田とかも一緒だろ?」
いくら山本でも遥香だけ特別に練習させるなんてことはしないだろう、でもそんな甘い考えはすぐに小さな隙間を通り過ぎていく
「美瑠と生田さんはパートが違うの………」
「パート?」
「先輩と私はフルートで同じだから………参加するものは同じでも一緒に練習はできないの楽器が違うから」
ってことはやっぱり山本と遥香は2人っきりで練習するのか………自分でもわずかに顔を歪めてしまったことに気付いた、そんな一瞬でもいつも俺の小さな変化に気付いてくれる遥香だから、見逃すわけがなかった、徐々に張りつめていく空気がお互いの言葉を無くしていく、言い表せない気まずさと山本のやり方に募るイライラを押し殺そうとする
でももう限界なのかもしれない………いくら抑えようとしても出てくるその思いはとどまらないのではないか、だから遥香には言った方がよいのではないか
そう気持ちが傾きかけた、2人の視線がぶつかると同時に耳を疑う言葉が遥香の口から俺の耳に放たれた
「龍くんが思うよりずっと山本先輩はいい人だよ………」
いい人………
冷静に考えれば遥香が言うのは無理もない、山本は俺に向ける感情を遥香にもこの学校のやつにも誰にも見せていない、でもその渦の中に遥香がいるなんて理解できるはずが遥香にはできないだろう
それが分かっていても俺には
遥香が俺より山本を選んだんじゃないかって思ってしまう
「そうかもな」
ぐっとこの感情を抑えて俺はドアの方に体をむける、これ以上遥香と目を、顔を合わせるのが辛かった、俺はそのままドアから出ていく、後ろから遥香の待ってって声が聞こえるでもその声に俺の歩幅は広くなっていく、しばらくして聞こえてくる遥香の足音と息遣い、そして俺の腕任しがみつくようにしてもう1度待ってと言う声とともに俺は足を止めた
でも俺は遥香の顔を見ることができなかった、今見たら感情的になって傷つけてしまいそうだから
「あのね………龍くん」
肩越しに息を整えながら何かを言おうとしている気配、でももう遥香の口からあいつの名前は聞きたくない、自分でも情けなくなる子供みたいな精神年齢にイライラするが1度駆け上がったこの防衛本能は冷たい言葉を投げることで終わってしまう
「あいつがいい人かどうかなんて…………俺には関係ねぇから」
ちらっとだけ視界に入った遥香の手をほどいてまた俺はその先を歩いていく、かすかに後ろから聞こえる遥香の声が自分の心にズキズキと矢のように刺さっていく、本当は痛いのにその心の痛みに気づかないように俺は歩みを止めることなく歩いていく
すべてを遥香に話しても遥香は信じない………、もしかしたら山本のことを悪く言う俺に不信感を抱くんじゃなかってこんなことも思い始める
何をしてもどんなことをしてもあいつの罠にはまっていく、遥香のことを好きなだけ思えば思うほど俺たちはすれ違っていく1度気づかずに留めたボタンみたいに1つずつずれていくそんな気がした