02
プシュー
開いた電車のドアから、一歩足を出すじめじめとした空気が肌に伝わる
駅から一歩出ると俺はピタッと足を止めた
「雨かよ」
電車に乗っていたときは降ってなかったのに
俺は真っ暗な空を眺めた
傘ねぇや
ぼさっと立っているとシャツにしみこんでくる雨、首筋に伝わる雨をぬぐいながら小走りに家に向けて走った
「ただいま」
家に帰ると、奥から笑い声が聞こえてくる、それに玄関に綺麗に並べられたローファーがある、俺はぬれた靴下を脱ぎながら奥に進んでいく
「あれ、龍太なんで濡れてるの?」
リビングから顔を出した母さんがそのまま俺の前に歩いてきてタオルを渡す
「雨降ったんだよ、傘持ってなくて」
「そうなんだ」
「誰がきてんの?七瀬?」
そのまま頭をタオルで拭きながらリビングに入ると、そこには七瀬はいなかった
何で?
リビングのソファーからパタパタとスリッパの音とともに近づいてくる存在から目が離せなかった
「おかえりなさい!」
それは向井地だったから
「先輩、肩濡れてますよ」
彼女は俺の手からタオルをとると優しく拭く、俺はその手を払いのけた
「なんで?」
「もう!龍太なんで言わないの?向井地病院のお孫さんと同じ部活なんて」
後ろから母さんの手が俺の頭をたたく、その様子を見て向井地はくすくすと笑う
「別に…………」
「あんた別にって、今美音ちゃんに聞いて驚いたんだから」
「それよりさ、俺は向井地がここにいる方が驚いてんだけど」
母さんがいるからいつも以上に言葉を選びながら不機嫌そうに向井地を見る
「ごめんなさい、今日お母さまが病院にいらしてたみたいで保険証を返すの忘れていたみたいで」
「そう………で?」
「で?ってあの………」
向井地は俺の方を気まずそうに見た後、母さんの方をちらっと見る、だから母さんの怒りの矛先はすぐに俺へと向く
「もう、なんでそんな言い方するの、せっかく届けてもらったから一緒にお茶してただけじゃない」
「はい、でもそろそろ帰ろうと思ってましたので」
「あら、龍太も帰ってきたし一緒にご飯も食べていってよ」
このままだと空気が変わってしまいそうだから俺は向井地が頷かないように続ける
「いや雨降ってるし、早く帰った方がいいでしょ、確かビニール傘あったでしょ、あれなら返さなくてもいいし、もしあれだったら俺に渡してくれればいいから」
俺はめんどそうに玄関の傘立てにおいてある傘を指さした
「うーん、そうねぇ遅くなるのは悪いわねー、なら龍太、美音ちゃんを家まで送ってあげて」
はぁ?
やっぱりそうきたか………
「いえ、悪いですよ先輩もお疲れでしょうから」
「大丈夫よ、疲れてないからどうせ学校で寝てばっかりでしょ、龍太着替えて送ってね」
もはやこれは万事休す、俺は乱暴にネクタイを外しながら階段を上がっていく、階段を上がっていると聞こえる向井地の笑う声、それがさらにイライラさせる
部屋に入って、乱暴に開けたクローゼットの棚から適当に服を取り出す
「先輩」
へ?
振り向くとドアの所に向井地の姿
「何?」
「これお母さまがタオルって」
明らかに下にいた時より甘ったるい声
「じゃそこ置いといて、すぐ降りるから」
俺は選んだ服をベットの上に投げる
「へぇーここが先輩の部屋ですか、思っていたよりきれいなんですね、高校生の部屋ってもっと散らかってるかと思ってました」
俺と目が合うとニコッと笑って、無造作に置かれた服の横にちょこんと座った
「勝手にはいってくんなよ」
「………」
「今から着替えるんだけど」
無表情で俺は言いながらベルトに手をかける
「ねぇ先輩、見てていいですかここで」
「ダメ、出てけ」
俺はベットに座っている向井地の左をつかんでたたせる
「見るだけですから」
「無理」
いつまでたってもこの気持ち悪い濡れたままのシャツを着たままで早く脱ぎたい、遥香だったらすぐに顔を真っ赤にさせるのに
「早く着替えないと風邪ひきますよ?」
「脱ぐよ、お前が出てったら」
「なら私が脱がしてあげましょうか?」
「やめろ」
俺は向井地の手を払いのけた
「もしかしてドキッとしました?」
俺は無視してベットに座る
「あれ、着替えないんですか?」
「お前が出ていったら着替えるよ」
「なんだか今日の先輩は機嫌が悪いですね、遥香先輩と喧嘩したんですか?」
「違うし、そうだとしても向井地には言わねーよ」
「私って嫌われちゃいましたね……」
「自業自得だよ」
向井地は少し悲しそうな顔をした俺はいったいどんな上から目線で喋ってんだよ、人にこんなこと言える立場じゃないのに、俺は視線を雨が降る窓に向けた
ほんの3秒くらい
体が急に倒れると一気に俺の視界は一瞬で暗くなる、そして俺の視界はさっきまで泣いているような表情だったのが奇妙なくらい微笑んでいる向井地になった