第16章 この世界を愛してやまない
03
「どうしたの龍くん?」


ニコッとえくぼを作りながら子供のような顔で俺の顔を見る、その顔を見てしまうとさきの考えは一気に罪悪感に変わる


遥香は彼女だからこんな感情がうまれることも普通なのに、奈々未のことを言えない俺はまだそんな関係になりたくない


「別に……キスしていい?」


「さっきだってしたのに……いつもも聞かないのに」


困ったような顔をする遥香をさらに追い詰めるように


「どっち?」


「いいよ……」


今日もいたずらをする、遥香の顔を聞いてからこんなイタズラじゃ足りないくらいに揺さぶられている俺の心はどうすればいいのだろうか


遥香の肩に手を添えてスローモーションのように唇が近づいていく



俺のこの心のもやもやはどうすればなくなるの?



その答えを聞くように遥香の唇にキスをした



その時突然ずっと後ろの方から声がする、部活の終わった野球部かサッカー部だろうか大きな声がやがて大きな塊になっていくのがわかる、遥香は俺から恥ずかしがるように後ろに一歩さがる


「帰るか?」


「うん」


傘を開いてそのまま遥香の手を取る


「ねぇ、山本先輩のことなんだけどね」


その名前にドクンと心臓が飛び跳ねそうになる


明日話すからって遥香は言っていた、もしかしたら遥香は全部話してくれるのかもしれない、それを考えると一気にテンションは下がっていく


「……うん……」


でもそれに頷くしかない、我慢できなかった俺の運命


「黙っててごめんね」


「いいよ」


謝られるとなんで人間は平気なようにふるまってしまうのだろうか、本当はもっと思ってることも言いたいこともあるのに


「怒ってる?」


「怒ってないよ…」


「龍くんは聞きたい?私から言っておいてなんだけど」


「え?」


「私だったら聞きたくないから、龍くんは元カノなんていっぱいいるだろうから、聞いてたらたぶん………」


「いっぱいなんかいないよ」


実際には齋藤しかいない、俺が人生で付き合ったのは
でも奈々未のことは遥香にとってはもしかしたら10人分くらいになるかもしれない


「なら何人?」


「齋藤しかいないよ」


「嘘だ」


「なんで嘘なんてつくんだよ、普通は多く言うんだろ?少なく言うやつってどんな感情なんだよ」


「でも………こんなにカッコいいのに」


「いや、だから」


「言いたくないんでしょ?それだったら私無理に聞かないよ」


どんどん話のペースは遥香が握っていって、こういう時の遥香はなんでか強気になる


そんなこと言われたら俺の中の悪魔は


奈々未のことをかくしてしまえって、遥香は別に聞きたくないって俺にささやく


でもそんなんじゃダメなんだよ


「でも、彼女は1人だけど………」


「だけど?」


やっぱり変な正義感はダメだ、まだ心の準備ができてないのにこんなことを口走ってしまった


「遥香にさ言っておきたいことがあるんだ」


遥香は俺の言葉のトーンに何かを読み取ったように声が震えた


「言っておきたいこと………?」


俺の頭の中はいろいろ散らばった言葉の整理が始まる


ちょっとでも遥香は傷つけないように言葉を選ぶ


どんなふうに言ったら遥香は傷つかないのか


どんな言葉で伝えようか




でもたぶん、それは全部嘘なんだ



俺は


遥香に嫌われないように



ずっと好きでいてくれるように



自分を否定されるのが怖いんだ





自業自得なのに



今になって怖くなる



これを言うと遥香は




山本湊のもとに戻って行ってしまうようで





ライト ( 2016/07/06(水) 23:29 )