古川愛希と高柳明音(後編)
【B side】
愛希が店から出て近くの車に店員と乗ったのを確認した明音はそそくさと不動産屋に入った。
自動ドアが開き、暖かい空気が体に当たり、頬が緩む。
「いらっしゃいませ」
女の店員が頭を下げたのを見ると、明音は愛希の座っていた席に座った。
「あの!」
「どういたしましたか?」
「ここに座っていた愛……男の人はどんな物件を?」
店員が怪訝な顔をして、不審な目で明音を見る。
しかし、明音は引き下がらず、更に身を乗り出して店員に段々と圧力をかけていった。
「個人情報は……ちょっと」
「お願いします!」
個人情報保護という義務のある店側としては教えるわけにはいかないだろうが、明音はやはり引き下がらない。
出してもらっていたお茶を飲み干し、椅子に座り直した。
明音の固く結ばれた口と逆ハの字のような眉が彼女の決意を示している。
「ちょっとだけでも! 幼馴染なんですよ」
「……ちょっとだけですよ?」
店員は周りの様子を確認してため息をつき、明音に耳打ちした。
「えーと、シェアハウスです」
「そこに住みます! 連れてってください!」
店員の肩が掴まれ、揺さぶられる。
困り、苦笑しながらも、店員は契約書を取り出した。
【A side】
車で20分ほど走った高台にそのシェアハウスはあった。
今時にしては珍しく、木目調の壁が表に出ていてお洒落な雰囲気を醸し出している。
しかしながら、愛希は眉をひそめた。
「生活感がないんですが……」
「まぁ、新築でまだ住む方は貴方しか決まってません」
新たに覚えた不安にお先真っ暗な愛希をおいて店員は玄関を開ける。
さすが新築、といわんばかりの木の匂いが立ち込める。
靴を脱ぎ、滑りそうなまでに光っている廊下に足を踏み入れる。
案の定、愛希のバランスは崩れたが店員が支えてくれた。
赤面しながら、軽くお礼を言って中を見学させてもらうと外から車の音が聞こえた。
【B side】
「じゃあこれで、契約は終わりですね」
明音は満面の笑みで頷いた。
その様子に店員は軽く引きながらも、笑顔を保ち
「少々お待ちください」
と言って奥へ下がる。
引かれてしまったのかと少ししゅんとなる明音は店員の出してくれたお茶を再び飲んだ。
癒されたように明音はため息をついた。
そんな事をしているうちに店員が鍵を持って明音の手を取った。
「お待たせしました」
「鍵?」
「シェアハウスに行きましょう。ちょうど同居人の方もいらっしゃるようなので」
これから始まる新しい仲間との新しい生活に期待で胸を膨らませ、明音は大きく頷いた。