意気地無し
02
朝は特段一緒に行くということは無い。と言うよりも侑也が時々寝坊するのが大きな理由なんだけど。

昨日の夜はぐっすり眠れた。箱にいっぱいになった気持ちをこれでもかと家で溢れさせた。そのおかげで起きた時から嬉し笑いが止まらなかった。ルンルンな気持ちで学校へと向かうその足は軽くなっていた。

「紗耶おはよ!」
『うん、おはよう!』

教室に入ると真っ先に友達の真佑が挨拶を交わしてくれる。屈託のない笑顔を見せて元気そうな声だった。

「あれ、紗耶そんなマフラー持ってたっけ?」
『ううん、これ侑也のなんだ』

真新しいものを見るかのような真佑の目線。私が侑也のだと告げるとニヤニヤしながら私の頬に向かって手を伸ばす。

「なんだ紗耶! いいなりやがって!」
『ははひへほ!』

その両手で私の頬を掴み、私の言葉を遮っていく。

「いい感じじゃんか!」
『そ、そんなことないよ』

ようやくその掴んでいた手を話してくれる。

親友の真佑には私が侑也の事を好きだということは伝えてあった。幼馴染以上の粥系を抜け出せないで足掻いているこんな私を、真佑は手を差し伸べて、引っ張ってくれる存在だった。悩み事も相談事も全部真佑には隠すことなく話していてる。

「でも高橋君から貸してくれたんでしょ?」
『そうだけど……』
「ならあっちも紗耶のこと気になってるって」

真佑はそう言ってくれるけど、私は侑也にその気をあまり感じられなかった。
驚く程に低い自己肯定感のせいで、侑也が私のこと気にしてるなんて、と思うのが常日頃だ。

『でも──』
「でもじゃないの!紗耶は自分に自信持っていいんだよ!」

元気づけてくれる真佑の言葉に、私は真佑の目をじっと見て頷く。なんて素敵な、なんて良い親友なんだろう。あと少しで泣けてきてしまいそうだ。

休み時間になると、真っ先に真佑が私の机にやってくる。要件は言われなくてもわかる。マフラーを返しに行くついでに話でもしてきて、ということだろう。

幼馴染にただ逢いに行くだけなのに、廊下を進む私の緊張は感じたことの無いものだった。キュッと胸を締め付けられるような、そんな感じ。侑也が同じクラスだったらこんなに緊張しないで済むのに、違うクラスなんだからこうするしかない。

侑也のクラスの前に立ち、目を閉じて深呼吸を一度する。正直後ろをついてくる真佑の事を気にかけるほど余裕は無かった。

よし、入ろう。

扉に手をかけた時、

「あ、紗耶じゃん」
『ゆ、侑也!?』

力をかけていないドアが自動ドアみたいに開き、目の前に侑也が現れた。まだ心の準備が出来ていないのに、台詞の練習さえしてないのに。

驚きのあまり、後ろの方に手をついて尻餅をついてしまった。

「紗耶?大丈夫か?」
『あ、うん、全然大丈夫だよ』

そんな私の手をとって優しく立たてせてくれる侑也。さり気なく、ブレザーの背中とスカートから埃を落とすように撫でる。侑也じゃない他の人がやったら絶対に怒るけど、侑也がやってくれるとなるとキュンとしてしまう。

もう恥ずかしくって、嬉しくって目を合わせられない。
こんな私ってもう、重症ですか?

「急に倒れてどうしたんだよ」
『侑也に会いに行こうと思ってきたら、いきなり侑也が出てくるんだもん!』
「俺のせいかよ」

そう笑いながらあしらってくる。少しいじけたみたいに頬を膨らませてみても、それも侑也は「急にそんな顔すんな」ってまたあしらう。でもこんな他愛もない、へんてこなやり取りでも私は目を輝かせてしまうんだ。

「それで、何しに来たんだよ」
『マフラー返そうと思って』

廊下へと出てきた私達。私は綺麗に畳んだマフラーを目の前に差し出す。

「そっか、ありがとな!」
『ううん、こっちこそ借りちゃってありがとう』

正直侑也の顔をまじまじと長いこと見ていられない。だから私は頭を下げてお礼した。普通の関係だったらこんなことしないのに、意識しすぎているせいでこうなってしまう。

『じゃ、じゃあ私戻るね!』
「おう!また今度な!」
『うん、部活頑張って!』

そう告げて手を振りながら侑也の目をじっと見る。見つめた時間はわずか3秒。これ以上は目を合わせない。

侑也に背を向けて教室に戻る。ほんの少し経って振り返ると、侑也の大きい背中が見えた。

なんだろう。ちょっと寂しい気持ちになった。

顔は緊張して見えないくせして、顔が見えないと悲しくなる。そんなモヤモヤした気持ちだった。

「いい感じじゃん!」

真佑がいつものようにニヤニヤしながら私の横を歩く。私があまり話さなくても、真佑が勝手に話してくれふから気楽だ。

「でも高橋君、人気だからなぁ」
『そう!そうなんだよ…』

私の心配事は、侑也が学校の中で人気だからだ。先輩からも後輩からも人気で、あの子が告白したとか色んな噂話が嫌でも耳に入ってくる。

「でも紗耶は幼馴染だし、大丈夫だよきっと」
『だといいけどね』

心配事を考えているとより寒さを感じた。暖房のない廊下にどこからかやってきた風邪がふっと吹き付ける。スカートが少し揺らぎ、私の肌は震えるように寒さを受け取っていた。

『うぅ…寒っ。早く戻ろ』

私は真佑の手を取り、小走りで自分の教室へと戻った。


Tone/とーん ( 2020/01/14(火) 04:49 )