1章
5話
日用品を買い終え、テチに簡素な衣服を買い与えた現在は今晩の宿を探していた。どれも値段は安いのだが、それ相応に汚いのだ。

「ねえねえ!お兄さん!宿探してない?探してるよね!安くするからうち泊まって〜」

テチと同じくらいの少女が少し強引に僕の腕を引っ張る。テチは後ろでムッとしている。少女の思うがまま普通の民家のような建物に引き込まれた。

「ママ!お客さんだよ!」

「あら、久々の新しいお客さんだねぇ。ほら、座んな座んな」

気さくな30代くらいのおばさんがカウンターからでてきた。

「2週間ほど泊まりたいんです」

「それなら2400ユールだね。部屋は2階、風呂場は地下1階だよ」

もっと高いと思ったが、安くて驚いた。日用品もとても安かったし、もしかしたら9000万ユールは一生かけても使い切れない額なのかもしれない。

おばさんにお代を渡して、荷物を置くために2階の部屋に行った。訪れた宿よりもずっと綺麗で、清潔感に溢れた部屋であった。ダブルベッドひとつしかないのが非常に惜しかったが、これから安くて清潔でワンルームにシングルベッド2つの部屋などを探す気力もないため、この部屋に決めた。さて、風呂にでも行くか。

「テチは風呂に入らないの?」

「ユート様がいいと言うなら入りますが」

「いいよ。入ろう」

テチの頭にぽんと手を置いた。

いいよ。と言ったのが誤解を生んだのかもしれない。テチは今、俺と同じ湯船に使っている。運良く他の客がいなかったが、ここは男風呂だ。テチも気持ちよさそうにしているしそんなことはどうでもいいか。

「私お風呂入るの初めてです」

「本当に?普段はどうしてたの?」

「3日に1回くらい水浴びがありました」

「大変だったなぁ」

「でも、ユート様に会えて、地獄のようだった辛い日々も一瞬だったなって思えてます。感謝の気持ちでいっぱいです」

「テチ...」

今まで1度も誰かの役に立つことなんて考えたことがなかったし、今回も断りきれずテチを引き取っただけだった。

「感謝することないよ。俺はただ断れなくて君を引き取っただけだ」

テチは首を横に振った。

「ユート様はそうかもしれませんが、ユート様は紛れもなく、私の人生を変えてくれたんです。このまま縛られてこき使われて死んでいく人生にもう一度自由を与えてくれた。その事実だけでいいんです」

テチは口角を上げた。自分がどう思うかよりも、相手がどう受け取るかってことだな。自分よりも年下の女の子に教わるなんてな。

風呂から上がり、部屋に戻ってすぐに寝支度を始めた。久々にちゃんとした場所で眠れる。この世界の上着は寝巻きには合わないものばかりだったし、上半身は何も着なくていいか。後で裁縫のスキルでも覚えてスウェットの上下セットでも作るとしよう。俺は部屋の明かりを消した。

「ユート様失礼します。」

横を向いて寝ていた俺の腕に抱かれるようにテチが入ってくる。この感触はすべすべモチモチで微かな温もり。

「テ、テチ、服はどうしたの?」

「ユート様が上半身裸で寝ていたので、私も同じ格好で寝ようかと」

「女の子なんだからちゃんと上も着よう?」

「寒いので出たくありません」

「尚更服着なよ」

じっと見つめてくるテチ。まるで小動物を思い浮かばせるような可愛らしさだ。意識しなければいいんだ。テチの頭を撫でて、掛け布団をテチの鼻の位置まで掛けた。確かに裸だと少し寒い。俺も鼻の位置まで布団に潜る。
首から下を意識しないようにさっさと寝よう。そう思って目を瞑るのだが、思ってしまうとなかなか意識してしまって眠ることができない。それに加え、ずっとテチが見てくるのだ。

「テチも寝ないと明日は朝から出かけるからな?」

「ユート様が寝てからじゃないと」

「だめだ。さ、寝よう」

「分かりました」

少しして、テチは俺の胸板に顔を寄せて、すやすやと寝息を立て始めた。俺も寝ようとするか。

■筆者メッセージ
遠出をしており、更新が遅れました。す。
4年間ほど推しが齋藤飛鳥さんだったので、映画といいCMといい、活躍しているのを見ると嬉しい気持ちになりますね。
( 2018/09/27(木) 22:06 )