02
「はじめまして、矢倉楓子です」
無難に、そしてにこやかに私は口を開いた。
後ろで先生が私の名前を黒板に書いてくれているのか、カツカツと硬いものが当たる音がした。
ふっと振り向くと、「楓」の「木」が抜けている。
書き終えてのんびりとしている先生に気付かれないように私はそれを書き足した。
……ちょっとアンバランスになっちゃったけど、仕方ない。
「はい、じゃあ、質問ある人は挙手」
先生のやる気のない声を合図に、騒いでいた男子を中心に手を上げた。
やはり、質問タイムはあるのか。
友達に聞いていた通りで、ちょっと気分が落ち込む。
いつまでも立っているのは少し辛い。
早く席に座りたいとはやる気持ちを抑えて、必死に笑顔を作った。
「あだ名はなんでしたか?」
「ふぅちゃん、でした」
「好きなタイプはありますか?」
「うー……優しい人ですかね」
「タメ口でいいですか?」
「タメ口でいいですよ?」
怒涛の勢いで出てくる質問に急いで答えながら、私は空いてる席を見つけた。
机に突っ伏して、学ランを頭にかけている男子の隣。
一番廊下側の一番後ろに誰も座っていない席が少し光って見えた。
前には本を読んでいる女子がいる。
なんか、近寄り難い雰囲気を出しているのは気のせいだろうか。
「矢倉さん?」
「……あ、はい」
私は少し遅れて教師に返事をした。
転校初日の独特の緊張感が私を思案にふけさせたのかもしれない。
私にとってこの雰囲気は初めてだ。
今までは反対側で歓声を上げる側だったのだから。
「教科書は放課後に取りに来て。今日は隣の……あの寝てる住吉に見せてもらって」
「はい」
住吉くん、か。
学ランで顔は分からないし、声もわからない。
ただ一つ、分かるのは不真面目であろう、ということ。
そんなことを考えていると先生が私の肩をポンと叩いた。
「じゃあ、あの席だから」
筆記用具と上履きが入ったリュックを持ってその席へ向かう。
男子の視線と女子の視線はまだまだ謎の多いだろう私に向けられている。
恥ずかしいけれど、仕方のないことだ。
さっき、私の話に耳を傾けてくれていなかったかもしれないから、私は座る席の前の本を読む女子に挨拶代わりに声をかけた。
「初めまして、矢倉楓子です」
「初めまして。横山由依です」
本をパタンと閉じ、読書用なのか、メガネを外した彼女は微笑んだ。
横山由依、という名前、聞いたことがあるような気がする。
しかし、今はどうでも良いことだ。
もっと気になったのは横山さんに親近感を感じていることだ。
反射的に私も微笑み、頭を下げて、席の横のフックにリュックをかけると横山さんは振り向いた。
「一年の秋に転校やなんて大変やね」
「はい。あ、横山さんは関西出身なんですか?」
「そうやで。あ、一時間目の準備忘れてた」
そう言って横山さんは教室の外のロッカーに何かを取りに行った。
それを見送り、固い木のイスに座る。
横山さんに少し親近感を抱いたのはやんわりと聞こえる関西弁だからだろう。
方言からすると京都かもしれない。
大阪の北の方かもしれないけれど、とにかく横山さんとはかしこまらずに接することができる気がする。