第一章 新学期初日
お兄ちゃんっ子の遥香

「お兄ちゃん……」

ご立腹な様子の遥香は靴を脱いで玄関を上がった達也に、じりじりと近付いて行く。

「な…何だよ、遥香。」

「あの転校生と付き合ってるの?」

遥香は昼の時と帰りの時に達也と一緒にいた美優紀の事が気になっていたようで、達也に単刀直入に質問をした。

「別にそんな関係じゃないよ。」

即答してきた達也に遥香はさらに単刀直入な質問を投げかける。

「じゃあ好きなの?あの転校生の事。」

今度は美優紀の事を好きなのかと尋ねてきた遥香に、達也は再び即答で否定をしようとしたが、そう思うと同時に達也の頭の中に今日1日の間で幾度となく見た美優紀の笑顔の数々が思い浮かび、口から出す答えを変えさせるのだった。

「……気になってはいるのかもな…」

「やっぱり……」

怒ったような表情をしていた遥香だったが、しょんぼりとした表情に変わっていた。

「………………」

口を開かなくなった遥香の目は何故か少し潤んでいる。

すると、次の瞬間に遥香は達也に突然抱きついて来たのだった。

「ちょ……ちょっと!遥香!」

「グスッ……お兄ちゃん…、あたしお兄ちゃんがまた誰かに取られるのは嫌……」

遥香の行動に困っていた達也だが、遥香の目から溢れる涙を制服の袖で拭い、遥香を受け止めるように抱きしめて背中を摩った。

「遥香…、別に俺は付き合ってる訳じゃないんだからさ…、泣くなよ。」

達也は何とか遥香の涙を止めようと優しく声をかけたが、遥香の様子は変わる事なく、抱きつく力を強めてきた。

「でもお兄ちゃんはあの転校生の事が、気になっているんでしょ?」

「あぁ、まぁそうだけど……」

「じゃあもう付き合ってるみたいなものじゃん……」

「なんでだよ……付き合ってないって。」

何だか意味の分からない事を言っている遥香から達也は離れて少し距離を取ると、遥香は否定を続ける達也に驚きの一言を口から漏らすのであった。

「だって…、あの転校生もお兄ちゃんの事、気になってるって言ってたもん。」

「えぇ!?どういう事??」

遥香からまさかの情報を聞いて、達也は開いた口が塞がらない。

「あの転校生、吹奏楽部であたしと同じ楽器で同じパートで今日から先輩なんだ。」

「それは聞いたが…」

「今日の部活体験の休憩の時間にそう話してて、あたしはそれを聞いちゃったの。」

そう言って遥香は部活の時間にあった事を達也に話し始めた。


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先程の部活の時間の時の事、木本奏太という男に遥香が練習の教室に連れてこられ、美優紀に話しかけられたりしてから、約2時間程経過した頃、吹奏楽部は練習の休憩時間を迎えていた。

「ふぅ〜、疲れたなぁ。」

「……………………」

大きな独り言を言いながら吹いていたサックスをスタンドに立て掛ける美優紀と何も言葉を発さずに休憩に入る遥香。

休憩時間になって早速椅子から立ち上がった美優紀は、何やらニコニコと微笑みながら窓を開けてグラウンドを見始めたのだった。

それから、練習時間は別の部屋で練習をしていた他のパートの部員が美優紀に会いに来たようで、その部員は美優紀と会話をし始めた。

「ちゅりやっけ?今日から同じ部活やね、よろしく。」

美優紀に会いに来たのは明音だった、ちなみに彼女が担当している楽器はフルートだ。

「よろしくね、みるきー。ところでみるきーは何で外ばっかり見てるの?」

明音が美優紀にそう尋ねながら窓からグラウンドへ目を向けると、グラウンドではサッカー部の部員たちが練習でボールを追って駆け回っていた。

「ウチな、気になる人がおるねん。」

「本当!?あっ、もしかして大輝?」

美優紀が正直に気になる人が居ると言ったのを聞いた明音は、幼馴染みでこれまでに女子にモテている様子を何度も見てきた大輝が好きなのだろうと思ったが、次に美優紀が言い出した言葉に驚く事となるのだった。

「その大輝っていう人ちゃうで…、あそこにおる達也くんや!」

「えーーっ!?達也??」

驚きのあまり大きな声を上げてしまう明音の腕を美優紀は恥ずかしそうな顔をしながら軽く叩く。

(……お兄ちゃん…)

遥香も声こそは出さなかったが同じ教室にいた為、美優紀が達也の事を気になってると言った事を聞いており、明音同様に驚いていた。

「声がでかいで……その達也くんの妹の遥香ちゃんがそこにおるんやから、恥ずかしいやん。」

美優紀は両頬に両手を当てながら、明音を睨む。

「あはは、ごめんね、みるきー。やっほー遥香ちゃん、高校でも一緒になったね、またよろしくね。」

笑いながら遥香に手を振って挨拶をしてくる明音に、遥香は軽く頭を下げたのだった。

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「そうだったのか……」

まさか美優紀が自分の事を気にかけているとは……、衝撃の事実に達也は唖然としていた。

「お兄ちゃんはあの転校生と両想いなんだよ?これは絶対に2人は付き合うよね…」

完全なるお兄ちゃん子の遥香は達也に彼女が出来る事が最愛の兄を取られると思っているようで、嫌そうな顔をしている。

だがそのような様子の遥香の目をまっすぐに見て、達也は口を開くのだった。

「遥香、もし俺に彼女が出来たとしても俺の妹は遥香ただ1人だけだ。」

「お兄ちゃん前に彼女出来た時もそう言ってたよね……。」

達也の言葉を聞いても表情を変えることはなく、遥香は口を尖らせている。


しかしそんな遥香の手を達也は黙って掴み、握ったのだった。

「お兄ちゃん??」

普段は良く自分から達也に触れている遥香だったが、達也から触れられる事は珍しく、思わずキョトンとする。

「それと、もう遥香にはあの時のような辛い目には…遭わせない!」

自分の手を握っている達也にそう言われた遥香は肩を震わせて下を向いてしまう。

「…………スッ…」

下を向いて静かに啜り泣く遥香の目から溢れる涙は床に落ちていく。

「あの時の俺は遥香を守れずに心の傷を作ってしまったけど、もう二度と遥香を傷付ける様な事をする奴とは付き合わない…。」

達也の言う通り遥香が達也に彼女が出来るのを反対するのは、最愛の兄が取られてしまう嫉妬だけではなく、実は遥香にはかつて一度達也に彼女が出来た時にその当時の彼女のとある行動によって心の傷を負わされた過去があり、現在もそれがトラウマになっているからなのだ。

「うぅ、お兄ちゃん……、ありがとう…」

目を真っ赤にして顔を上げた遥香は泣き止んでおり、ようやく達也に笑顔を見せた。

「あたしね…、お兄ちゃんに彼女出来るのはちょっと寂しいけれど、お兄ちゃんが幸せになるなら、いいなって思ってるの。」

「遥香……」

達也は本当は自分の幸せを願ってくれていると言う遥香の頭に手を乗せ、ポンッと一瞬だけ撫でた。

「うふふ、なでなでしてくれたね。よし、あたし晩ご飯の支度してくるね!」

すっかり元気を取り戻し、満面の笑みを浮かべる遥香はリビングの方へと駆けて行ったのであった。


ちなみに達也と遥香の島崎兄妹の両親は仕事の都合で、家を離れており、この島崎家では達也と遥香の2人で生活をしているのだ。

それから達也と遥香は晩ご飯を食べ終わり、2人で一緒にテレビを見たりして、時刻がPM22時を回った頃には床についていた。

「遥香ももう高校生だろ、まだ一緒に寝るのか?」

「うん!もちろん!」

達也と遥香はそれぞれの部屋があるのだが、2人は遥香の希望で一緒のベッドで毎晩寝ている。

「お兄ちゃん…あたし明日はあの転校生とお話出来るように頑張ってみるね、おやすみなさい。」

「おぉ、仲良くなれるといいな!おやすみ!」

そして達也が部屋の灯りを消し、2人の新学期初日の1日は幕を閉じたのであった。


■筆者メッセージ
第一章第七話...更新です。

遥香を何故こういうキャラにしたかと言うと、あのぱるるに兄がいて、兄には甘えん坊だったら可愛いよなぁという、私の完全なる妄想です。。
バステト ( 2015/10/20(火) 02:01 )