2人きりの帰り道
歩き出した達也と美優紀の2人はまずはとりあえず校門に向かっていた。
「………………」
2人は特に言葉を交わすこと無く黙って歩いているが、転校してきてから1日目の女子と並んで歩いているからだろうか、達也は同じ校門を目指しているサッカー部員たちから、若干の視線を感じた。
そんな周囲の視線など気にすることなく校門を抜けていく2人。
すると校門を出てすぐの所に遥香が立っていたのだった。
「あ、遥香ちゃんや。」
遥香に気付いた美優紀は足を止め、それに伴って達也も遥香を見た。
「遥香!まだ家に帰ってなかったの?」
「うん、あたし1人だから…、校門で待ってればお兄ちゃんと帰れるかなぁって思って…」
どうやら遥香は達也が来るのを待っていて、一緒に帰ろうと考えていたようだ。
「そうだったのか、じゃあ遥香も一緒に帰ろうぜ。」
「せやな、達也くんがいればウチも遥香ちゃんとお話できるやろうしな。」
達也も美優紀も遥香を加えた3人で一緒に帰ろうと遥香に言った。
「お兄ちゃんいいよ、あたしは1人で帰るから…」
だが遥香は一度美優紀と目を合わした後すぐに背を向け、達也と美優紀を置いて早歩きで去って行ってしまったのだった。
(なんや…ウチもしかして、遥香ちゃんに嫌われとるんかな…)
遥香が行ってしまったのを見た美優紀は残念そうな顔をしていた。
その訳は遥香が歩き出す前に美優紀と合わせた目が何やら睨むような鋭い眼光だったからである。
「渡辺さんごめんね、俺の妹が…」
遥香の行動に2人の間の空気が凍り付いてしまったため、達也は美優紀に謝った。
「謝らんでええって、にしても遥香ちゃんはホンマに物凄い人見知りやな。」
「遥香は慣れてくれば全然大丈夫なんだけど…それまでは…。」
「じゃあ早く心開いて貰わんとあかんな。まぁ考えても仕方ないわ、帰ろ?」
「うん、帰ろう。」
とりあえず達也と美優紀は校門の前を後にして、帰路を歩き出したのだった。
歩き始めてからの2人は会話も弾み、美優紀は達也に偶然これから吹奏楽部で遥香と同じパートでやっていく事になった事を話した。
「なるほどそれは驚いたな、まさか渡辺さんと遥香が同じ楽器だなんて。」
「うん、ウチもビックリしたで。」
「でもそれなら話は早いな、妹と是非仲良くしてやってくれるように頼むよ。」
遥香が美優紀と大きな接点が出来たと知った達也は、美優紀に人見知りの激しい遥香と仲良くしてもらう様に頼むと、美優紀は微笑みながら頷いた。
「うんわかった。達也くんは妹思いのお兄ちゃんなんやね。」
「ありがとう。…そうか?でも周りから見ればそうなのかもな…。あ、そうだ…、そう言えば渡辺さんって……」
「ねぇ!!」
遥香の事に関する話題が終わり、達也が美優紀に別の事を尋ねようとすると、達也は突然強い口調になった美優紀の短い一言に遮られてしまった。
「な…何!?」
どちらかというと柔らかい雰囲気で、口調もその様な感じの美優紀が発した強い口調の言葉を聞いた達也は目を丸くしている。
「渡辺さんって呼ばれんの嫌や!」
「じゃあ、みるきー。」
呼び方が嫌だと言われた達也があだ名で呼んでみたが、それでも美優紀は首を横に振ったのだった。
「達也は特別にウチの事、美優紀って呼んでもええで?」
渡辺さんでもみるきーでも無く、名前で呼んでも構わないと言う美優紀もさり気なく、達也の事を呼び捨てにしてきた。
(……何で俺が特別?)
美優紀の発言に達也は思わず返す言葉を失う。
「ウチの事…呼び捨てには出来へん?」
何も言葉を返してこない達也に美優紀は寂しげな表情を浮かべながら、上目使いで達也を見つめる。
「いや!全然…、ならこれからは美優紀って呼ぶよ!」
「ふふ、よろしくな。」
慌てて答えを口にした達也に美優紀は満面の笑顔を見せたのだった。
「それでさ…、美優紀って彼氏とかいるの?」
達也は早速呼び捨てにして、尋ねようとしていた事を口にする。
「ウチ?彼氏はおらんよ。達也は彼女おる?」
「俺もいないよ。」
達也が突如やってきた、とても可愛いらしい転校生と付き合うチャンスがある事を知った瞬間であった。
「でも達也は絶対女の子にモテるやろ?」
美優紀が思っている事と達也の現実は正反対であり、達也は自分が女子にモテると美優紀に思われている事に戸惑った様子だ。
「何言ってんだ、俺は全然モテないよ。」
「え、そうなんや…、絶対モテるタイプやと思っとったんやけどなぁ。」
返ってきた正反対の答えを聞いた美優紀は達也の顔をじっと見続けていた。
「何で俺がモテるだなんて思ったんだ?」
「…うふふ、内緒やで〜。」
美優紀が達也の顔から目をそらし、早足で先に進んで行くと、達也もそれに合わせてついて行った。
こうしてそれからも2人で引き続き話しながら歩くと、ついに2人は達也の自宅である島崎家の前まで来ていたのだった。
「俺はここが家なんだ、またな。」
「うん、一緒に帰ってくれてありがとう!また明日ね、達也。」
達也の自宅の前で別れる時、美優紀は本当に嬉しそうにお礼を言って、笑顔を見せてから達也に背を向けると、1人でせっせと歩いて帰っていった。
(美優紀…、めちゃくちゃ可愛いなぁ、この惹かれる感じ、何だか久しぶりだな。)
もうすっかり達也は美優紀に夢中になりそうになっているようだ。
しかしこの時は美優紀の煌めく笑顔の裏に隠された、とある黒い事情など達也には知る由も無かったのである……
「ただいまー……、おぅ遥香!」
達也が島崎家の玄関を開けて中に入ると、そこには腕を組んで何かに腹を立てている様子の遥香の姿があった。