第一章 新学期初日
放課後の部活

美優紀が校舎の屋上を後にした後、達也も荷物を持って教室へ戻り大輝と花音と合流してサッカー部の練習へと向かっていた。

「達也、お前初日から転校生に積極的だな。狙ってるのか?」

「おいおい狙ってるって…、ただ屋上を案内して欲しいって頼まれただけだよ。」

「へぇ、でも2人で一緒に飯を食べたんだろ?」

「別にそれくらい普通だろ。」

下駄箱のある昇降口に向かって校舎の階段を降りている途中、大輝は達也に転校してから1日目の美優紀の事を恋人候補として狙っているのでは無いかと尋ねてみるが、達也にはっきりと答える様子は無い。

すると一緒に歩いていた花音も達也に質問をした。

「どんな子だった?みるきーちゃん。」

「そうだな、とにかく元気で明るいっていうか……あと、ちょっと大胆…。」

「ん?大胆?」

「あ…いや、何でもないよ!」

思わず口が滑ってしまった達也を見て花音はクスクスと笑う。

「ふふ、意識しちゃってるじゃん、まぁあの子は愛想が良さそうだし男子にはかなりモテるだろうね、達也も頑張らないと…」

「何言ってんだ、花音。俺は先に行くぞ。」

達也はからかう様な口調の花音から逃げるように1人足を早めて、最初に下駄箱にたどり着くと、靴を上履きからトレーニングシューズに履き替えてグラウンドへと出て行った。

その後大輝と花音も少し遅れて、達也と同様に外に出ると大輝はグラウンドに、花音はサッカー部の部室がある部室棟へと駆け足で向かったのであった。

「おーい、達也。」

「何だよ。」

「あはは、安心しろよ、花音は部室に行っちゃったぞ。」

花音と別れて1人になった大輝が達也に追い付いて声を掛けると、達也は花音が居ないのを確認すると足を歩くスピードを緩めた。

「はぁ、全くあいつはいつになってもうるさい女だよなぁ。」

「そうだな、まぁ花音はそういう奴だからな…。それより達也、今日は部室棟は新1年の部活説明のために使うらしいから、部員の着替えは外らしいぞ。」

大輝からそう聞くと達也は苦笑いを浮かべる。

「マジか…、部員の扱い酷いなぁ。」

「だよな、でも仕方ないな…」

2人は文句を言いながらも物陰に隠れて制服から練習着へと着替えた。

「よし新学期初日の練習…、頑張らないとな!」

「おぅ、頑張ろう。」

着替えを終えた大輝と達也は新学期初日という事で、普段よりも一層気合が入っているようで物陰を出ると、グラウンドへと駆けて行った。

そしてそれから大輝と達也はサッカー部の新学期初日から容赦の無い厳しい練習メニューをこなし、マネージャーの花音は部室で部活の説明をするサッカー部顧問の手伝いや入部予定の1年生の名前のリストの作成などをした後、練習の手伝いもこなし、そのままサッカー部は部活終了の時刻まで、活動を続けるのであった。


その一方で同じ放課後の部活の時間に、希美杉学園の校舎内にある音楽室では吹奏楽部の部活説明が終わった後、実際に1年生が楽器に触れる体験入部が行われていた。

「君がサックスの子だね。僕は木本奏太、よろしく、君は?」

実はこの「木本 奏太」という男は花音の兄であり、整った顔立ちと落ち着いた雰囲気で、学校内の一部の女子からはいわゆるイケメンとして、人気がある。

「……島崎遥香です。」

そんな花音の兄の奏太が担当しているサックスを希望して体験入部にやって来たのは達也の妹の遥香で、遥香は人見知りが激しく、かなり緊張している様子だ。

「今からサックスパートの練習部屋に案内するから付いてきて。」

遥香は言われた通りに奏太に付いて行くと音楽室からは少し離れた教室に案内された。

その教室にはスタンドに立て掛けられたサックスと簡単な基礎練習用の楽譜が乗った譜面台が幾つか置いてある。

「ここがいつもサックスパートが練習してる部屋なんだ、置いてある楽器は自由に使ってくれていいよ。」

「ありがとうございます……」

遥香がペコリとお辞儀をすると奏太は部屋から出て行ったが、今この教室に居るのは遥香1人だけでは無かった。


この教室には既に1人、サックスの体験入部の先客がおり、楽器の練習をしていたのである。

「あ!達也くんの妹ちゃんやないか、吹奏楽部やったんやな!しかもウチと同じサックス!」

「こんにちは……。」

人見知りの遥香だが、その先客にいきなり声を掛けられてしまう。

そう、何と遥香よりも先に体験入部に来ていたのは、達也に弁当を渡しに言った時に達也と一緒に居た美優紀だったのだ。

「えっと何ちゃんやっけ?」

「遥香です…」

「ウチの名前、分かる?」

「分からないです…」

初対面の人と話すのが大の苦手な遥香だったが、美優紀はそんな遥香とは対照的でとても社交的な上に口達者な人が多いと言われる関西出身のためか、次から次へと遥香に話しかけてくる。

「ウチは渡辺美優紀や、よろしく。あだ名はみるきー。遥香ちゃんもそう呼んでな?」

「……はい…」

何とか美優紀からの質問には片言の言葉で答える遥香。

「にしてもびっくりやわ〜、達也くんの妹の遥香ちゃんが同じ吹奏楽部でしかも同じサックスとは…、こんなに可愛い後輩がいきなり出来てウチは嬉しいで。」

「………………」

遥香は完全に黙り込み、サックスを手にして管体のストラップリングを首にかけたストラップのフックに通し、音出しを始めた。

(達也くんの言う通り、この子はホンマにどえらい人見知りやな。)

その後も遥香は美優紀は一言も交わさずにひたすら練習をしていたのだった。


こうして時は進みPM18時、吹奏楽部の活動は終了となり、部員たちは各自で楽器の片付けをして解散となった。

周りの人達が続々と帰宅して行く中、美優紀は暗い昇降口付近へと移動して、昼の時間に達也と約束した通り、1人達也からの連絡が来るのを待っていた。

サッカー部はまだ活動をしている。

(サッカー部は遅くまで頑張っとるんやなぁ、ウチの方からメール送っとこ。)

美優紀は昼に本人から教えて貰った達也のメールアドレスを開いて、達也にメールを送った。

[終わったら返信してっ!]

だが、達也からの返信はなかなか来ない。


そのまま美優紀が待つこと約40分、ついに達也から返信が来た。

[ごめん!遅くなった…。今どこにいる?]

ようやく来た達也からのメールに美優紀は即座に返信する。

[昇降口。寒い。早く来て。]

[分かった、今すぐ行く!]


達也がメールの文通り駆け足で昇降口へ行くと、そこには美優紀が立っており、美優紀は達也に気付くと笑顔で手を振った。

「渡辺さん、待ったよね?」

「ううん、大丈夫やで。」

「もう行くか?」

「うん!行こ!」

達也と美優紀は昼に交わした約束の通り、2人で一緒に帰るべく、並んで歩き出した。


■筆者メッセージ

吹奏楽部に所属している花音の兄の名は、前は奏音でしたが、書き直しに伴い、奏太にしてみました。完全な気まぐれです。

[]このカッコは以前書いていた時と同様に、スマホでのやり取りのシーンで使って行きます。
バステト ( 2015/10/11(日) 04:36 )