第2章
02
ギィィ

「来たね。」
「本当に話してくれるの…?」
「誰にも言わないならね。」
「わかった……。」
「僕がピアノを弾かなく、いや弾けなくなったのは母さんが死んだからなんだ。あれは小学6年のときだった……。」



当時の僕は周りから天才や神童なんて呼ばれていた。そしてピアノを弾くことが大好きだった。
だが元々はピアノなんか大嫌いだった。小3の頃なんてピアノを止めようかと思っていたほどだ。周りからの声なんてどうでもよかった。やりたくないことなどなぜやらなければならないのだろうと思っていたのだ。しかし、ピアノ一家だったためピアノを弾くことは義務であり、強制だったからだ。でもやはりやりたくないことはやりたくないため母さんに真剣に相談したのだ。

「母さん、ピアノをもうやめたいんだ。」
「本当に言ってるの?」
「つまらないんだ…。だからやめたい…。」
「そう…。ごめんね、お母さんが奏人の気持ちに気付いてあげられなくて…。」


「奏人、お母さんのワガママを言ってもいい?」
「うん、いいよ。」
「お母さんは奏人がピアノを弾いてるときが一番好きなの。鍵盤に向かっている奏人の背中が好きなの。だから…ピアノを弾いてくれないかしら…?」
「それ、本当…?」
「本当よ。だからお願い…お母さんのためにピアノを弾いてくれないかしら…?」

このときからだ、ピアノを好きになり始めたのは。ピアノを弾くと母さんが喜んでくれた。最初は母さんのためという意識が強かったが、母さんが喜ぶ姿を見ると自然と自分も嬉しくなっていった。そしてどんどん弾くことが楽しくなった。いや、楽しさに気付いたのかもしれない。

だがそんなある日、母さんが事故で死んだ。ピアノを弾く楽しさの源であり目的が自分から消えたのだった。
しかし、母さんの事故の後にどうしても出演しなければいけないコンクールがあったため出た。だけどピアノが弾けなかった。ピアノの音が聞こえなかったから。人の音は聞こえたのに、自分の音はまったく聞こえなかった。ショックの影響だと思う。自分の心の傷はあまりにも大きかったのだろう。
それからピアノと関わらなくなり誰も見向きもしなくなった。そのときに所詮周りが求めていたのは自分の音なのだと悟った。弾けないピアニストなど必要ないのだと。
そこからはもうピアノが嫌いになる一方で、人の音を聞くのも嫌いになったし、音楽そのものが嫌いなった。


「これが僕の過去。だから僕は弾かないんじゃなくて“弾けない”んだ…。」
「そんなことが……」
加藤さんは泣いていた。どうして泣けるのだろうか…。自分のことではないのに。

「本当にごめんなさい……。軽々しくピアノを弾いてなんて言って……。」
「どうして泣くの…?どうして……」
自分の目からも涙が溢れ始めた。

「辛いことを思い出させて本当にごめんなさい…。」
そう言って加藤さんは屋上から去っていった。
呼び止めることはできた。言いたいことも多少なりともあった。でも呼び止められなかった。



その日初めて、主要科目の授業をサボった。

■筆者メッセージ
一話で収まってしまいましたね(笑)これが過去です。大人びていても小学生にはショックが強かったということですね。
ちなみにですが、音の無い状態でピアノを弾くと自分が弾き間違えたのもわからないため非常に怖いです。音が本当に出ていないのならまだしも、他の人に聞こえているなんてとても弾けるものではないです。(実体験ですが。)


拍手ありがとうございます。これからも頑張りたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。
ハヤブサ ( 2014/03/05(水) 22:36 )