古畑奈和の場合
1.形勢逆転
 闇夜に溶ける黒のレザースーツ。
 組織のねぐらと化している廃工場の中を素早く駆け回る殺し屋の女スパイ、古畑奈和。
 ターゲット以外の殺生はしないという信念の下、雑魚は拳銃の台尻で殴打し、軽々とのしていく。
 そして、また二人、出くわした雑魚を打ちのめす。
「ぐわっ…!」
 まず一人を華麗な蹴りで倒し、もう一人の胸ぐらを掴み上げ、
「柴崎とやらは何処!?」
 と問いただす。
「お、教えてたまるか…!」
 と歯を食い縛る男。
 奈和は拳銃を突きつけ、
「言わないと、頭が吹っ飛ぶわよ?それでもいいの?」
 と脅しをかける。
「くっ…!」
 顔色が変わる男。
 そのまま口を割らせようかという時に、ふいに背後から、
「そのへんにしておいてやれ」
 と男の声がした。
(…!)
 男を突き飛ばし、振り返ると、長身の男が一人、咥え煙草で立っていた。
 これまでの雑魚とはオーラが違う。
 さしずめ、それらの雑魚を束ねる幹部といったところか。
 その男、只野は、身構える奈和を見据えると、クスッと笑って、
「古畑奈和…だな?」
(…!?)
 奈和の眉が少し動く。
「…どうして私の名を?」
「ウチのボスを狙う不貞の輩がいると聞いて、どんなヤツらか、こっちも色々と調べさせてもらった」
 とだけ只野は説明し、
「弱い者イジメはよすんだな。聞きたいことがあるなら、俺が教えてやるよ。もっとも、俺の口を割らせることが出来れば…の話だがな」
 と、豪語する。
「じゃあ、遠慮なく、そうさせてもらおうかしら」
 と拳銃を構える奈和。
 こうして手に飛び道具があるかぎり、不利なことは何もない。
「怪我したくなかったら教えなさい」
 と問う奈和だが、当の只野は怯む様子もなく、悠々と煙草の煙を吐いている。
「…強がってると、二度と歩けなくなるわよ?」
 銃口を足へ向けると、只野はクスクスと笑って、
「撃ってもいいのか?」
「…どういう意味?」
「撃てば人質は助からないぞ」
「人質…?」
 また、奈和の眉がピクッと動く。
 只野は咥えた煙草を足元に捨て、踏みにじりながら、
「お前に近しい小娘を一人、預かっているんだがな」
(ち、近しい…?ま、まさか…!)
「確か、江籠…といったかな?おぼこい顔をした小娘だ。お前の態度次第ではドラム缶に詰めて東京湾に沈めることになる。できることなら、俺も、手荒なマネはしたくないんだがぁ…」
「き、貴様…!」
 奈和の顔色が、すっかり変わっていた。
 拳銃という飛び道具すらも上回る手札であっさりと形勢逆転した只野。
 勝ち誇って二本目の煙草に火をつけながら、
「さぁ、どうする?撃ちたければ撃てばいいが、人質が気になるというのなら、まず、その銃を下ろしてもらおうか」
「くっ…!」
 唇を噛んで、ゆっくりと銃を下ろす奈和。
 そして、それを見て、さっき痛めつけた雑魚二人がニヤニヤしながら立ち上がり、奈和を囲んむ。
 一人は腹、もう一人は首をさすりながら、
「この野郎…さっきはよくもやってくれたなぁ」
「━━━」
「へへへ。おとなしくしろよ?人質がいるんだからよぉ!おらぁっ!」
 怒りに満ちた男の蹴りが、奈和にモロに直撃した。
「くっ…!」
 痛みに顔をしかめ、よろける奈和の背後に回った男が、素早く羽交い締めにして、
「おっと、まだへたりこむには早いぞ?」
「サンドバッグにしてやるぜ!おらぁっ!」
「うぐっ…!がぁっ…!」
 女の奈和に対しても容赦なく暴力を振るう鬼畜な男たち。
 抵抗しようにも、腕は羽交い締めにされて動かせないし、何より、人質がいる。
 よって、打ち込まれる非道の拳に、奈和は、歯を食い縛って堪えるしかない。
「殺すなよ?まだ後の楽しみが残ってるんだからなぁ!」
 と、奈和の苦しむ様をニヤニヤと眺めながら釘を刺す只野。
 やがて…。
「とどめだ!おらぁっ!」
「がはっ…!げほっ、げほっ…!おえっ…!」
 そのボーイッシュな顔を歪ませ、苦しそうにえずく奈和
 女の命でもある顔にまで腫れを作り、息絶え絶えだ。
 ここでようやく只野は、男を制すると、首を垂れる奈和の金髪ショートカットの髪を掴んでひねり上げ、
「いいザマだな、殺し屋さんよォ!あぁ?おい!」
「くっ…くそっ…!」
 下からグッと睨みつける奈和。
「ほぅ。まだそんな目が出来るとは、たいしたものだ。だが…」
 只野は手首のスナップを利かせて、パンッ、パンッ…と二回、奈和の無防備な股間を叩いた。
「あうぅッ…!」
 鈍痛に顔をしかめる奈和。
 只野は笑って、
「どうだ?痛いだろう?このように、お前さんが“ふたなり”ってことも、既に調べがついてんだよ」
(く、くそっ…!)
「フフフ…さぁ、ここからが本番だ。こっちをいたぶられても、その強気な目を続けてられるかな?」
 不敵に笑う只野。
 奈和の地獄が始まる…。


(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2020/08/26(水) 11:30 )