乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第一部 第六章・若月佑美の場合
2.悪魔の訪問
 若月佑美。
 元は警察庁の特殊犯罪対策課に属し、同僚の桜井玲香とタッグを組んで、鮫島をあと一歩のところまで追い詰めた敏腕捜査官。
 しかし、一年前、鮫島を取り逃がした責任について上層部と衝突し、その際に玲香を擁護したため、二人で課を追放される。
 その後、独立組織「乃木坂46」を立ち上げた玲香に対し、彼女は一線を退き、学生時代に勤しんだ絵画の世界へ転身。
 今では、自身のアトリエで定期的に小さな絵画展を開くなど、玲香とは対照的な第二の人生を送っている。
 といっても、「乃木坂46」の設立当初、新人捜査官の育成訓練で臨時教官を買って出るなど、引退後も積極的に玲香を支援し、依然として二人の関係は良好だ。
 その臨時教官を務めた縁で、山下美月、梅澤美波、与田祐希、伊藤理々杏らとは師弟関係にあり、彼女らが一人前になっていく過程も一番近くで見届けた。
 先日、玲香から、因縁の敵である鮫島が実は生きていて、また裏で暗躍していると聞き、玲香と同様、妙な胸騒ぎを覚えたが、もう自分は捜査官ではないという理由から、打倒鮫島を玲香に託した。
 今になってみると、冷たいことをしたと、少し後悔している。
 だが、既に一線を退いた自分に何が出来るのかと気を遣った部分もある。
 この一件が片付いたら、また絵を見に来たいと玲香は言ってくれた。が、まだ来ていない。
 早く解決してほしいと、若月自身も切に願っていた。


「ありがとうございました〜」
 若月は、笑顔で来客を見送った。
 最近、描いた絵を見に来てくれる人が増えてきたし、中には買いたいという客もいて、ようやく少しずつではあるが軌道に乗ってきたと満足している。
 だが、一方で、アイデアに詰まることも増えた。
 もちろん原因は分かっている。
(玲香、大丈夫かな…?)
 元相棒として、少し気負いすぎるところがあるのを知っているから心配だ。
 それに、一度は断ったとはいえ、因縁の鮫島が絡んでいるとなると、やはり捜査の動向も気になる。
 そういった雑念から、なかなか次に描く絵の構図が浮かばない。
 入口のドアに吊るした風鈴の音が聞こえたので、手を止めて応対に出る。
 ちょうど三時だから、てっきり、また、いつもの老夫婦が散歩の帰りに寄ってくれたのかと思ったが、玄関に出た若月の目が途端に険しくなった。
(なっ…!)
 なんと、そこに立っていたのは、あの宿敵、スコーピオンこと鮫島だったからだ。 
 若月がキッとした目をしていると、鮫島は苦笑して、
「おいおい、ここの絵描きは立ち寄った客にそんな目をするのか?」
「…何しに来た?」
「なに、通りがかったら絵画展をやってるというから、フラリと立ち寄っただけさ」
「ふざけないでっ!」
 若月は思わず怒鳴った。が、真意が掴めず、
「何しに来たの…?」
 と、もう一度、聞いた。
 鮫島は、胸の内ポケットから数枚の写真を取り出し、
「実は、コイツらを預かっているんだが」
 と言って、それらを若月に手渡した。
(……!!)
 その写真に写っていたのは、山下美月、梅澤美波、与田祐希、伊藤理々杏の四人。
 前に桜井から、山下と梅澤の二人が行方不明になったとは聞いていたが、あとの二人は初耳だ。
 鮫島は、アトリエの中を歩き回り、壁に飾ってある絵を眺めながら、
「その四人を助けたいと思わんか?」
「…それを、なぜ私に?」
「噂に聞いたんだが、全員、お前が一から鍛えた可愛い教え子らしいじゃないか。その四枚目の写真の女なんかは、なかなかいい蹴りをしていたぞ。あれは、俺も、つい本気になってしまった」
「貴様っ…!」
「まぁ、そう怒るな。全員、命に別状はない。大切な人質だ。丁重に扱っているよ」
 と鮫島は言ってから、
「その四人の命が惜しいなら、今から黙って俺についてきてもらおうか」
「……」
「別に、イヤなら構わないぞ。明日、その四人の顔写真が新聞に乗るだけだ。集団変死体だとか何とかでな」
「くっ…!」
「どうする?お前の態度次第では四人を解放してやろうと言ってるんだ。愛弟子のためにも、乗らない理由がないと思うがな」
「…分かった。だが、行く前に少し準備だけさせてほしい。絵を描きかけだから道具をしまっておかないと…」
「ダメだ!」
 鮫島は言葉を遮り、
「桜井に何か暗号でSOSを残す気だろう。お前の考えそうなことは分かっている。さぁ、俺の気が変わらないうちに早く出てもらおうか」
(くっ…!)
 見事に看破され、従うしかない若月。
 言われるまま表に出ると、いつのまにか黒塗りの車がアトリエの前に横付けされていた。
「乗れよ」
 鮫島の声に押されて、若月は、車内へ身体を滑り込ませた。
 車が発進する。
 運転手は下っ端のような若手、助手席に鮫島が座り、若月一人がリアシートだ。
 鮫島はルームミラーを注視して、
「言っておくぞ。もし何か妙な真似をしたら人質は全員、死ぬことになるからな?」
 そう言われては何も出来ない。
 車は、やがて郊外を抜け、山間の大きな豪邸の前に着いた。
「さぁ、入ってもらおう」
 鮫島が玄関を開ける。
 こうして“女体拷問の邸”へ連れ込まれた若月。
 いったい何が起きるというのか?

鰹のたたき(塩) ( 2019/12/13(金) 10:44 )