乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―





























































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第四部 第七章・山崎怜奈、再び…
1.消えた記憶を求めて
 伊藤純奈、鈴木絢音の二人はわずか一夜で退院の見込みが立った。
 こんなに早く退院できるのは、リハビリの必要がなかったから、もとい、肝心な部分の記憶が抜けていたからだ。
 朝方、賑わいが鳴りを潜めた繁華街の裏路地で折り重なって倒れていたところを発見、保護された二人。
 発見時、二人とも全裸で明らかな性行為の形跡があったこと、それを確信付けるように二人の膣内から精液が検出されたこと、それを受けて二人が眠っているうちに急いで避妊処理を施したことなどは、一切、伝えていない。
 本人たちには、捜査に対する牽制として不意打ちで暴行を受け、そのショックで前後の記憶が断片的に抜け落ちたようだと説明した。
 かなり苦しい嘘だが、二人のことを、特に復讐に燃えていたところをまんまと返り討ちに遭った格好の純奈のことを思うとそうせざるをえないし、皮肉にも、軽度の暴行の痕、そしてスタンガンの火傷の痕は実際に残っていた。
 察するに、相手方は、二人に集団で暴行を加えた後、スタンガンで気絶させ、凌辱行為に及んだと考えられる。
 それが柴崎一派の仕業というのは子供でも分かること。
 それよりも、報告会議で争点となったのは、二人が何処で誰に襲われたか、だ。
 実行犯については、既に、二人の膣内から採取された精液から血液型を割り出し、柴崎一派への合流者と目される人間をまとめたリストと照合する作業に入っている。
 壁にぶつかったのは、むしろ凌辱に遭った場所の解明の方だ。
 純奈と絢音の二人が最後に覚えているのは、S区にある繁華街を二人でパトロールした、ということ。
 この記憶は二人で共通しているから間違いないし、実際、二人が乗り捨てた車も、一夜明けて、その繁華街の入口で運転手不在車両として見つかっている。
(となると、その繁華街の中にヤツらの隠れ家があって、それを二人が見つけた…?)
 と秋元真夏は推察する。
(でも、それを突き止めたとて、なぜ応援を呼ばずに二人だけで乗り込んだのか…?)
 復讐の念に駆られた純奈一人ならともかく、絢音も一緒だったという点で会議は暗礁に乗り上げた。
 普段から冷静な絢音までもが、その肝心な場面で冷静さを失い、連絡を怠って突っ走ったとは考えにくい。…いや、考えられないのだ。
「…やっぱり、不意打ちを食らったとしか考えられないね」
 と結論づける若月佑美。
 これに桜井玲香も同調し、高山一実、井上小百合も続いた。
 だが、それはそれで疑問が残る。
 いくら不意打ちでも、路上で、それも賑わう繁華街の公衆の面前において、そんなことは出来ないだろうし、すれば、当然、目立つ。
 人目につくことは嫌っただろうし、実際、聞き込みに出した中村麗乃、阪口珠美の報告でも、事件当夜、あの繁華街周辺で暴力トラブルは一件も起きていないという。
 とすれば、やはり、敵地に乗り込んで罠に嵌まり、犯されたということになるのだが…。
「…ダメだね。どうしても堂々巡りになっちゃう」
 と溜め息をつく高山。
 パトロールしていた二人が遂にヤツらの隠れ家を突き止めた。…ここまでは充分ありえる話なのだが、なぜ二人は、そこで、応援を待たずに二人だけで乗り込むという無謀な選択をとったのか…?
 肝心の当事者二人の記憶が抜け落ちていてアテにならないというハンデが、この難問の壁を分厚くしている。
「…もう一度、考えてみよう。事件当夜、二人がヤツらの隠れ家を見つけたとする。となると…」
 その後、議論が二周、三周するも、この疑問は依然としてテーブルの上に残り続けた。

 ……

 翌日。
 机上の議論では進展は望めないと判断した玲香は、実際に純奈と絢音の二人を、再び問題の繁華街に連れていくことにした。
 もう一度、同じ風景を見せることで、その時を記憶を取り戻すかもしれないからだ。
 もちろん、同時に襲われて蹂躙されたことを思い出してしまう危惧もある。
 どう転ぶか分からない荒療治だが、今の壁を打開するには、もはやこの方法しかない。
(二人が少しでも手がかりを思い出してくれれば…)
 と一縷の望みを託す玲香。
 とはいえ、目下、ヤツらの隠れ家があるかもしれない危険な場所でもある。
 飛んで火に入る夏の虫とならないよう、玲香の他、若月、真夏、高山、井上、そして先日、戦線復帰した山崎怜奈、賀喜遥香、早川聖来も加えた超のつく厳戒体制で挑む。
 スタート地点は乗り捨てた車が見つかったところ。
 当時は夜で、今は真っ昼間ということから人の量やネオンの輝きに違いはあるものの、ひとまず足を進める女捜査官たちの一団。
「思い出すことがあったら何でもいいから」
「些細なことでもいいから教えて」
 と声をかける玲香、若月。
 自然と、純奈と絢音を囲んで守るような形で進み、少し歩いては止まって、
「どう?」
 と聞く。
「んー…ダメだ。思い出せない…」
「私も何も…」
 と、肩をすくめる純奈と絢音。
 二人がそう言ってる以上、無理強いは出来ない。
 そんな中、ふと、井上が、真夏に寄ってきて、ぼそっと、
「尾けられてるね、私たち」
 と言った。
 真夏も頷いて、
「分かってる。後ろの若い二人組でしょ?片方は背が高くて、もう片方が革ジャン」
「どうする?捕まえる?」
 と井上が聞くと、その小声を背中で聞いていた玲香は、
「いいよ、今は」
 と気に留める様子もなく、
「どうせ慌てて駆り出された末端の雑魚に違いないし、ヘタに深追いして罠に嵌められる可能性もある。それに今は二人の記憶が戻ることの方が大事だから」
 と諭した。
 そして、その玲香も、若月に顔を寄せ、
「相手も神経質ね。入口のところからわずか数分で、もう見張りがついた」
「やっぱり、この通りに“何か”あるんだろうね」
 と頷く若月。
 だが、その“何か”が分からないまま、通りを抜けてしまった。
 後ろの男たちも、電柱の陰で煙草片手に談笑するフリをしながら、しっかりついてきている。
「戻ろう」
 と、Uターンして戻りながら、なおも、
「どう?」
「んー…確かに絢音と歩いたような気はするんだけど…」
「私も、歩いた記憶はあるんですけど、その時、どこを目指していたかは全然…」
 と肩を落とす純奈と絢音。
 結局、再びスタート地点に戻ってくるも、失った記憶は戻らず。
 少し時間を置いて、もう一往復したが、それも空振りに終わった。
 記憶が戻る気配がまったくない。
「どうやら二人とも相当きつい暗示をかけられたみたいね」
 肩を落とす真夏。
 そういった暗示はかけた人間にしか解けないらしく、記憶喪失のように、偶然、何かのキッカケで奇跡的に取り戻すことはないのだろうか。
 収穫ゼロの八つ当たりをするように、 
「ちぇっ…まだいるよ、アイツら」
 と舌打ちをして睨みつける高山。
 確かに視界にちらつく見張りの男たちは、まるで四苦八苦しているこちらを嘲笑っているようで気に障る。
「捕まえましょうよ!」
「あんな弱そうな二人なら大丈夫ですよ!それに、こっちも今日はこれだけ人数もいますし、解散したフリをして包囲すれば楽勝じゃないですか!」
 と若さゆえに意気込む賀喜と早川だが、玲香は冷静に、
「無駄よ。捕まえても『何も知らない』と言うに決まってるし、『散歩していただけで何が悪い!』と言われてそれで終わり。何なら、私たちがまだ何も掴めず焦ってるのが向こうに筒抜けになるだけ」
 と二人をなだめ、
「仕方ない。帰ろう」
 と残念そうに言った。
 スタートさせる車。
 見送る男たちの眼から醸し出される、
(邪魔だ、出ていけ…ここからすぐに出ていけ…二度と来るな…)
 という空気。
 見つかると困るものがあるのは間違いないが、それが何かは、まだ、皆目、見当もつかない彼女たち…。
(それが分かれば、こうして二人の記憶に頼ることもない。酷い目に遭ったことを永遠に封印していられるのに…)
 と玲香は思いながら、窓の外に流れ去る景色をぼーっと見つめていた。

 ……

 その夜。
 帰宅した山崎怜奈は、一息つくこともなく、リビングの隅に溜めた古紙を漁り始めた。
 今日は、昼間、仲間である純奈と絢音の消された記憶を辿るため、疑惑の歓楽街を二往復、歩いたが、結局、二人の記憶は戻らず、無駄足に終わった。
 仲間の多くは落胆していたが、そんな中、怜奈だけ一人、妙な胸騒ぎを覚え、早足での帰宅となった。
 先日、掃除好きが興じてキレイに拭き上げたばかりのフローリングいっぱいに撒き散らして漁る古紙の山。
(私の思い違いなら、それはそれでいいんだけど…)


 山崎怜奈。
 今日、付き添って一緒に歩いた純奈や絢音と同様、彼女自身も、過去に一度、凌辱被害に遭っている。
 怜奈が襲われたのは、まだ柴崎一派の前身・花田組と対峙していた頃だったか。
 以前から組織きっての秀才として存在感を示し、実際に重宝される存在でもあった怜奈だが、そんな彼女もまた、卑劣な男たちにとってはただの活きのいい獲物でしかなかった。
 不意を突かれて捕らわれ、拷問にかけられた怜奈。
 男たちは、当時のリーダー、白石麻衣を狙うべく、怜奈から、白石がいる本部の所在地を聞き出そうとした。
 当然、簡単には口を割らなかった怜奈。
 だが、男たちは、怜奈の秀才がゆえに高いプライドに目をつけ、耐え難い羞恥責めでその自尊心を粉々にし、頭脳明晰な女捜査官を一人のか弱い女にして、延々と自白を迫った。
 そして、耐えきれずに口を割ってしまった怜奈は、その後、用済みの肉人形として男たちに代わる代わる犯され、その自白が原因で本部は襲撃され、白石も捕らわれて、「乃木坂46」は、一時、壊滅の窮地に陥った。
 幸い、すんでのところで援軍が駆けつけて事なきを得たものの、それ以来、怜奈は自責の念に苦しむこととなる。
 仲間を売った…そんな後ろめたさがずっと十字架として重くのしかかった。
(最低だ、私…もう、みんなと会えない…私に捜査官を名乗る資格なんてない…きっと、みんなからも裏切り者と呼ばれているに違いない…)
 と悩み、復帰は絶望だと思っていた。
 だが、そんな怜奈の不安とは裏腹に、連絡をくれた仲間たちは、みんな優しかった。
 秘密を洩らした怜奈を責めることは一切なく、
「帰ってくるの、待ってるからね!」
 と励ましてくれた。
 その言葉が怜奈の不安を取り払い、二の足を踏んでいた復帰を後押ししてくれたのだ。
 だから、こうして戻ってくることができた。
 今、捜査官として復帰し、再スタートを切れたのも、全ては仲間たちのおかげだと怜奈は感謝していた。


 ガサガサと古紙を漁り始めて15分。
(あった…!)
 古紙の山から取り上げたのは一枚のチラシ。
 それも普通のチラシではなく、風俗店のチラシ、いわばピンクチラシである。
 集合住宅に住んでいるため、たまに、こういったチラシが怜奈のポストにも入っている。
 生真面目で今の仕事一筋の怜奈がそんなワケありの仕事に関心などある筈もなく、手にしたら、即、古紙となる運命なのだが、その一枚だけは、うっすらと覚えていた。
 おそらく、自分が人生で最もドン底にいた時期に目にしたからだろう。
 まだ快楽漬けにされた拷問の余波に悩まされ、時には自分の指で火照る身体を慰めたりもしてしまっていた頃のこと…。と、怜奈は一人で顔を赤くして、
(そ、そのことは今はいい…!ようやく最近、する頻度も減ってきたんだから…!)
 と、脱線しそうな思い出は頭の隅に追いやり、そのチラシを改めて見直す。
 俗にいうソープランドという類の店のチラシで、

<未経験の女性、大歓迎!>

 と、従業員、すなわちソープ嬢の求人チラシなのだが、その下には手書きで、

<今の貴女にぴったりのお仕事です。ぜひ一度、体験入店をご利用の上、ご一考くださいませ。>

 という妙な補足があった。
 印刷すればいいものをなぜかこの一文は手書きである。
 これを、ちょうど、しつこい身体の疼きに参っていた時期に見たものだから、妙に印象に残っている。
 悶々としていた時期に、ソープランドの体験入店の誘い…。
 空腹の馬が目の前に人参を吊るされたようなものだ。
 実際、怜奈も、もし、あの時、自暴自棄になっていれば、よもや…ということも充分にありえただろう。
 ただ、怜奈は踏みとどまった。
 口を割って仲間を売ったという自責の念の方が強かったからだ。
 そして今、戦線復帰もして、冷静になってから改めてそのチラシを見て引っかかるのは、その店の名前である。

『N46』

(N46…!N…乃木坂…?乃木坂46…!)
 頭文字のNを乃木坂とすると、奇しくも自分たちの組織の名前と合致する。
 当時はそこまで頭が回らなかったが、頭脳明晰の秀才捜査官として復活した今は違う。
 そして、もう一つ、引っかかるのが所在地。
 その店の住所が、今日、みんなで歩いたあの歓楽街の一角だったからだ。
(偶然…?いや、まさか…)
 純奈と絢音は、あの歓楽街をパトロールしていた矢先、何者かに襲われ、そして犯された。
 記憶が消されているので詳細までは分からないが、おそらく、あの通りの何処かで襲撃されたと思われる。
 そして、その歓楽街の一角に、偶然にも自分たちの組織を模したような名前の風俗店『N46』があり、さらに、その店から「乃木坂46」の一員である怜奈の元に体験入店のチラシが届いていた。
 届いた時期も、まるで、怜奈が戦線離脱して身体の疼きと戦っているのを狙って送付したようなタイミングだ。
(もしや…!)
 自暴自棄になった自分を快楽を餌に誘い込み、あわよくば自分たちの支配下に置こうとしたのか?
 もちろん、証拠は一切ない。
 全てが数奇な巡り合わせということだってありえる。
 だが、疑い深い人間だからだろうか、怜奈には、これまで気にならなかった点と点が、突然、線で結ばれ、浮かび上がってきた気がしていた。


(つづく)

■筆者メッセージ
※しばらく、れなちが無双します。
鰹のたたき(塩) ( 2021/07/24(土) 23:42 )