鈴木絢音サイド―1.地獄の始まり
「………」
声も上げず、ゆっくりと目を覚ました絢音。
あまりに静かな目覚めに、気付いた男の一人も、
「…い、いつのまに起きたんだ?」
と驚いたほどだ。
そんな問いに答える義理もないので無視して、右…左…と黒目だけ動かし、今、自分が置かれている状況を確認する絢音。
「あら、気がついたようね」
と、あの女、中元日芽香が振り返り、こちらへ寄ってくる間もそれを続ける。
部屋には、その女と、男が二人。
そして当の絢音はマッサージチェアに腰を下ろした状態で縛りつけられ、手は肘掛けに、脚はそのマッサージチェアの脚に、それぞれ手錠で繋がれていた。
試しに立ち上がろうとすると、それぞれの手錠が、
カチャッ…!
と音を立てて張り、絢音の身体を背もたれに引き戻す。
それを見て、
「バカめ。せっかく捕まえた獲物だ。簡単に逃がすと思うか?」
「その手錠は、全て、カギがないと外れねぇよ。カギがなけりゃ、お前は一生、その体勢のままだ」
と男たちが寄ってきてニヤニヤ笑い、
「ほら、1…2…3…4…カギはここにあるわよ」
と日芽香が手の平の上で、小さなカギの束を示す。
「外してほしい?」
「…もちろん」
「でしょうね。でも、残念。まだ外すワケにはいかないの」
「…でしょうね」
と、お互い、牽制し合った会話を交わす二人。
もしこれが純奈なら挑発に乗って声を荒げる場面だが、絢音は違う。
囚われの身だから仕方ない、自由を奪われるのは当然だと、こんな時でも、終始、冷静だ。
それより、
(…その純奈は…?)
と、そちらの方が気になる絢音。
再び、黒目だけでキョロキョロと周りを見渡すも見当たらない。
するとまた男たちが、
「お前の相棒はここにはいねぇよ」
「今頃、別の部屋でひどい目に遭ってるんじゃねぇか?へっへっへ」
と好き勝手に喋っている。
それらの言葉から察するに、どうやら二人別々の部屋に入れられたようだ。
(でも、大丈夫…純奈なら、そう簡単にやられたりはしない…)
と、今はこうして無事を祈る他ない。
「さぁて、ようやく目が覚めたことだし、早速、遊ばせてもらおうかしら」
と、日芽香は声を上げ、不敵な笑みで男たちに目配せをした。
それを合図に、お触りタイムの始まり…。
二人の男が一斉に手を伸ばす。
「へへへ。さぁ、ボディチェックの時間だ」
と、まず絢音の首筋に指を絡め、そこからゆっくりと手の平を下降させていく。
「どうだ?くすぐったいか?」
と男はニヤニヤと笑みを見せるが、当の絢音は無表情。
その指が鎖骨から胸元に下りても表情は変わらない。
さらに、ブラウスの上から胸の膨らみに触れ、
「おい。見ず知らずの男に胸を触られるのはどんな気分だ?恥ずかしいか?」
と首を伸ばして表情を覗いてくる男にも、一言、
「…別に…」
と返すだけ。
「…チッ。そっけない女だな」
と男は舌打ちをして、なおも絢音の胸元を撫で回すが、無反応を心を決めている絢音の意思は固い。
そんな息も乱れない能面フェイスに、徐々に戸惑う男たち。
「そ、それじゃ、こっちも触っていこうかねぇ…」
と、絢音のスカートの裾から手を潜り込ませ、太ももを指先でなぞるも反応は同じ。
そして、その暗がりの奥の奥、パンティに指が到達しても、絢音は眉ひとつ動かさない。
むしろ、
「汚い手で触らないで」
と苦言を呈するほどだ。
その余裕っぷりに、状況では明らかに有利な筈の男たちが、
「チッ!こ、この野郎…!」
「強がるのもいいかげんに…!」
と、進展しない焦りから語気を荒げるのを、
「まぁまぁ…」
となだめて続けさせる日芽香。
その後も、男二人がかりで身体中をまさぐられるも無表情で耐え抜いた絢音。
元々、不感症気味の体質に加え、そもそも、この男たちの触り方がテクニックの欠片もなく、これなら余裕で耐えられると、内心、ホッとしていた。
それよりも気になるのは、じっと絢音を見つめるあの女の存在。
何かを窺っているのは間違いない。
(表情…?余裕の有無…?それとも他の何か…?)
絢音もポーカーフェイスの裏で、その真意を見出だそうとするも、ピンとくる答えが浮かばない。
それから数分。
「ち、畜生…!」
「うまくいかねぇな…」
と手詰まりの男たちに対し、
「…もう気が済んだ?あなたたちじゃ話にならないんだけど」
と逆撫でするように声をかける絢音。
「な、何だとぉっ!」
「くそっ…!」
バカにされ、顔を真っ赤にして憤る男たちに対し、再び、
「まぁまぁ…」
となだめ、次は手を止めさせた日芽香。
「なるほど。冷静なのは顔だけじゃないようね。中には、ちょっと触られただけで取り乱してアンアン言っちゃう娘もいるのに」
「……」
「でもね…?」
日芽香はマッサージチェアに縛りつけられた絢音と同じ目線に腰を屈め、
「人間も、所詮は動物。いくら冷静を装っても、本能だけは…内に秘めた“ヘキ”だけは隠せないのよ」
「ヘキ…?」
「性癖の“ヘキ”…といえば分かるかしら?どんな優れた人間でも、性癖にはウソをつけない。性癖だけは誤魔化せないの。今からそれを教えてあげるわね」
「━━━」
怪訝そうな表情を見せる絢音。
ふと、日芽香越しに見える壁掛けの時計が目に入った。
時刻はまもなく深夜0時。
(もうこんな時間…)
と、自然に思ってしまう。
そんな、3本の針が揃って真上を指した瞬間、日芽香はクスッと笑って、絢音の目の前に手の平をかざした。
その瞬間、
(そ、そうだ…!この女は催眠術士…!まずい…!見ちゃダメっ…!)
と思い出し、慌てて目を逸らそうとしたが、わずかに遅かった。
日芽香が素早くその手の平を握り拳に変え、
パチッ…!
と指を鳴らした瞬間、絢音の身体は力が抜け、ぐったりとマッサージチェアにもたれかかった。
身体を起こせず、目も虚ろ…。
一時的に意識が飛んだ状態になると、日芽香は、
「はい、かかった♪」
と嬉しそうに微笑み、急に不敵な笑みになって、
「どう?身体が動かないし、声も出ないでしょ?これが催眠術の力よ」
「━━━」
「さぁ、まんまとかかってくれたところで、よそ行きの人格に用はないわ。しばらく眠っていてちょうだい。私が用があるのは、もう一人のあなた…」
と呟き、ピースのように突き立てた人差し指と中指を、ゆっくり下ろす。
すると、その指の動きに合わせるようにゆっくりと瞼を閉じ、眠ってしまう絢音。
それから数秒、次に目を開けた時には、これまでと違う、終始とろんとした眼をしたまったく別の人格の絢音になっていた。
これが日芽香がよく扱う催眠術の一つ、『自白』の催眠。
うわべの人格を封じ込め、代わりに他人には決して見せない本性の人格を表に呼び出し、本音を聞き出すのだ。
ぼんやり宙を見つめる本性の絢音。
そんな彼女に、日芽香が言葉を続ける。
「はじめまして、お嬢さん。早速だけど質問があるの」
「し、しつ…もん…?」
「これから私が3つ数えると、あなたは、自分自身の人に言えない性癖、性的嗜好を恥ずかしげもなく私に話してしまうの。隠し事はナシ、全てをおおっぴらに教えてもらうからね。…いい?いきますよ〜?ひと〜つ…ふた〜つ…みぃ〜っつ!」
……
パンッ…!
「…うぅっ…」
日芽香の乾いた手拍子とともに、再び目を覚ます絢音。
(な、なに…?今、何が起きたの…?)
パチパチとまばたきをしながら身体を起こす絢音。
ふと視線を向けた壁掛け時計が指す時刻は、まもなく0時5分。
最後に見た時は0時ちょうどだった。
よって、それから5分が経過したことになる。
たかが5分、わずか300秒の間。…だが、妙なことに、この間、何をしていたか、まったく記憶にない。
(あ、あれ…?私…今、何してた…?)
催眠術士の女に手の平をかざされたところから、今、目が覚めるまで。
ほんの今さっきのことの筈だが、なぜかこのわずか5分の間だけ何も思い出せず、記憶からすっぽり抜けてしまっている。
いくら考えても思い出せない。
そして、そんな困惑する絢音を、なぜかニヤニヤしながら見つめる日芽香、そして男たち。
(な、何…?何がおかしいの…?)
その見透かしたような笑みに不気味さを覚える絢音。
そんな彼女に、日芽香が妖しげな笑みで声をかけた…!
「さぁ、お待たせ♪続きを始めましょうか。たっぷり可愛がってあげるからねぇ?この“むっつりスケベ”ちゃん…♪」
(つづく)