6.ミッション
「…以上、発見した時の状況から考えて、おそらくさくらは、一度はヤツらに拉致されたものの、隙を見て逃げ出し、井の頭公園まで辿り着いたところで力尽きて林の中で気を失ったものと思われます。なお、昨夜の発見当時、さくらは意識が朦朧としていました。何か睡眠薬のようなものが盛られたのではないかと思われます。よって、さくらの記憶から監禁場所や相手の人数、全てを割り出すのは難しいでしょう。意識朦朧としながら井の頭公園まで逃げ出し、無事に保護できただけでも幸運だと考えます」
と、会議の場で、金川紗耶は声高らかに報告した。
それに対し、真夏はうんうんと頷いて理解を示し、その横から玲香が、
「目撃者については?」
「はい。それについても、現在、公園周辺で筒井、矢久保、北川の三人が聞き込みを行っており、進展を期待しています」
と金川が答えると、次は、その隣の若月が、
「今回のように、ヤツらがどこで目を光らせてるか分からない。いくら私たちでも一人になったところを大男の集団で狙われたら勝ち目はない。その三人にも、くれぐれも散らばって単独行動にならないよう、その点だけは、もう一度、危機感の徹底を」
「分かりました。すぐに伝えます」
「次に、ヤツらの隠れ家が井の頭公園の近くにあるとして、範囲は…」
と、会議が進んでいくのを、さくらは、ただただ気まずそうに聞いていた。
本部の見解では、さくらは、奇襲に遭って拉致されるも、隙を見て脱出に成功し…と結論づけられている。
それに対し、さくらは、訂正することが出来なかった。
(実際は、わざと自分から捕まりに行ったなんて、この場では口が裂けても言えない…!)
同期の金川、掛橋だけでなく、数々の先輩も参加している会議。
先日、ベテランの新内眞衣、成長著しい佐藤楓と貴重な戦力を相次いで削がれ、そして今回は復帰したての若いさくらが狙われたと知り、全員がピリついている。
そんな空気の中で、自らの口で愚かな背徳行為を白状できる筈がない。
それに…。
「ねぇ、さくら!」
会議が小休止に入ってすぐ、金川と掛橋が寄ってきて、
「どうしたの?会議中ずっとコート羽織ったままで」
「具合悪い…?」
と心配そうに声をかける。
さらに真夏も来て、
「部屋、寒かった?エアコンの温度、もう少し上げよっか?」
と気遣ってくれるのを、
「だ、大丈夫です…!気にしないでください…」
と言ってかわすさくら。
まるでボディラインを隠すように羽織ったコート。
もちろん中にはちゃんとブラウスも着ているし、スカートも穿いている。
当たり前だ。
だが、それでもさくらがコートを脱げない理由は、脱ぐと、胸元は鉄の椀が透けてロボットの装甲のようになっていること、そして下は、腰の部分に南京錠の不自然な盛り上がりが出ていること…つまり、服の下に貞操帯を着けられていることが丸分かりになってしまうからだ。
(ぬ、脱げない…!脱いだら、全部バレる…!)
なぜ、そんなものをつけているのかという話になれば、その経緯を話さなければならなくなるだろう。
凌辱されたくてわざと捕まった結果、こんなものを着せられて帰された…これこそ、死んでも口に出来ない、いわば最新の黒歴史。
そして、さらに…。
(あ、熱い…!身体が…まだ…!)
机の下で、クネクネと脚を擦り合わせるさくら。
貞操帯の内側から浸透した媚薬スライムの効果は、解放され、一晩明けてもなお、その効力を持続していた。
あの生殺しプレイの最中に比べると痒みの度合い自体は収まったが、そのぶん、ヒリヒリするような弱い痒みが断続的に根付き、今の状況では、むしろ、そっちの方が厄介だ。
たまらず、
「ちょ、ちょっとトイレ…!」
と席を立つさくら。
部屋を出た後は小走り。
わざと違うフロアの利用が少ない方の女子トイレに駆け込むと、そのまま、空いている奥の“さくらのオナニー部屋”と化したお決まりのブースへ飛び込む。
バンッ!…と勢いよく戸を閉め、座り慣れた個室の便座に腰を下ろすさくら。
ブラウスの上から指を、そしてスカートの裾からも指を動かすさくらだが、これまでと違って何の刺激を感じない。
(ウ、ウソ…?ウソでしょ?オナニーもできないなんて…む、無理…耐えられないよぉ…!)
再確認するように何度も指を動かすさくらだが、依然、胸は鉄の椀に、股間は分厚い革に、それぞれ阻まれて快楽を得られない。
たまらず、上下の貞操帯に指をかけ、
「は、外れてっ…!お願い…お願いだから外れてよぉっ…!どっちかだけでもいいからぁっ!!」
と、つい、半泣きの声を上げてしまうさくら。
だが、結局、いくらもがいても貞操帯はさくらの性感を開放することはなかった。
陰湿な生殺しは、男たちの監視下から離れた今も、まだ続いているのだ…!
……
その日は会議漬けで一日が終わった。
「はぁ…はぁ…」
息を乱し、酔っ払いのような千鳥足で帰宅したさくら。
部屋に入って早々、それまでずっと羽織っていたコートを脱ぎ、少し乱暴に叩きつける。
普段おとなしいさくらには珍しいことで、明らかに苛立っていた。
断続的な疼きのせいで何もする気になれない。
倒れ込むようにベッドに横になると、再び指は胸と股間の防具に挑むも結果は同じ。
一切の快楽を遮断しながら、ビンビンになった乳首と蜜の溢れた割れ目を守護する貞操帯。
「くっ、くぅっ…お、お願い…お願いだから…オ、オナニーぐらいさせてよぉ…!」
と、うわ言のように独りで懇願し続けるさくら。
その後も無駄な抵抗は半時間以上に及んだが、打開できず、
(ど、どうすればいいの…?どうすれば…!)
もしかして、今後、一生このままなのか…?
いや、まさか…!
だが、これを解錠する術を見出ださないかぎり、そういうことになるのではないのか…?
解錠に必要なものは分かっている。
(か、鍵…!あの鍵がないと…!)
あの日、幹部の男が胸ポケットにしまった南京錠の鍵…何とかして、あの鍵を手に入れないといけない。
でも、どうやって…?
(あ、あの邸…あの邸に、もう一度、行くしかない…)
さくらが不埒な期待を胸に、単身、乗り込んだあの邸。
今のところ、それしか、連中を辿る糸がない。
(あ、明日…どうにかして、あの邸へ…!)
と心に決めたさくら。
そうと決めれば、それに一縷の望みを懸け、今夜はもう無駄な抵抗は諦める。
(い、今、何時…?)
おそるおそる壁に掛ける時計を見て、
(ウ、ウソ…もうこんな時間…!?シャ、シャワー入らなきゃ…!)
髪もグチャグチャだし、たくさんかいた汗を流すため、バスルームへ…。
汗をたっぷりと吸ったブラウス、パンツを脱ぎ捨てるも、肝心の貞操帯は脱げない。
(このまま入るしかないか…)
仕方なく、貞操帯をつけたまま浴室へ。
シャワーヘッドから降り注ぐ湯で、嫌な汗を洗い流す。
疲れた時に浴びるシャワーほど癒されるものはない。…かと思ったが、
(…!!)
異変を感じ、慌ててシャワーヘッドを身体から遠ざけるさくら。
だんだん股間が熱くなってきた。
しかも、それは、昼間のような鈍い疼きではない。
あの時のような…あの、スライムを直に塗りたくられた直後のような灼けるような疼きだ…!
(な、何で…!?何で急に…!?)
戸惑いつつも、沸き上がる膣からの熱に再び上がる心拍数。
たまらず内股になり、諦めた筈の無駄な抵抗を、もう一度、浴室で再開する羽目に。
グッ、グッ…と 貞操帯の上から割れ目を力強く押さえる指。
あわよくば革を突き破ってそのまま膣内へ…!というような手つきだが、細くしなやかなさくらの指では、到底、分厚い革など破れない。
「お、お願い…触らせて…少しでいいから…オマンコ触らせて…!」
と無意識に淫語を漏らす始末。
だが、いくら浴室のタイルに向けて懇願しても叶う筈などなく、憔悴して床にへたりこんださくら。
おそらくシャワーを浴びて身体が温まったこと、併せて貞操帯の上からも熱い湯をかけたことで、内側で凝固していたスライムが溶け始めたのだろう。
それに気付くのに、そう時間はかからなかった。
(こんなんじゃ…これが外れるまで、ろくにシャワーも入れない…!)
虚しく延々と降り注ぐお湯と、その飛沫を浴びながら青ざめるさくら。
呪いの防具は、自慰行為に続いてシャワーと、仕事終わりの女性の至福の時を、一つのみならず二つも奪ったのだ。
……
二日後。
また今日も、出社早々、
「ねぇ、さくら。大丈夫…?」
「昨日あまり寝てないの…?」
と、矢久保と北川に心配されるさくら。
それほど目が赤く、どんよりとして見えたらしい。
「だ、大丈夫…」
と言いつつ、今日も肌身離さず纏うコート…。
この二日間、仕事中は常に鈍い疼きと戦って耐え続け、汗だくで帰宅するにもかかわらず、満足にシャワーも入れないという女性としては苦痛の日々。
夜毎に増す汗のニオイを柔軟剤と香水で誤魔化しながら、生き地獄を過ごすさくら。
日課と化していた自慰行為もおざなりで溜まる一方の性欲と、なかなか効力が消えない媚薬スライムの持続力のせいで、さくらの顔には疲労感が増していく。
そして迎えた週末の金曜日。
この日は総出で聞き込みが行われた。
範囲は、あの日、さくらが持ち場としていた京王線の国領駅から、倒れていたところを保護された井の頭公園までの直線、約6キロの範囲。
やはり、この近くに花田組の残党の隠れ家があるに違いないというのが、ここ二日間でベテランたちが導きだした答えだ。
早速、その直線上で等間隔に与えられた持ち場へと散っていく捜査官たち。
今日、さくらがペアを組むのは先輩の寺田蘭世。
「よし、行くよ!」
と、後輩の手前、積極的にリーダーシップを発揮する蘭世に引っ張られ、聞き込みを開始するさくらだが、一つだけ、気になることがあった。
(ここ…あの邸の近くだ…)
…そう。
あの日、凌辱を期待して、単身、乗り込んだ邸。
まんまと見破られ、この忌まわしい防具を着けられる原因となったあの邸が、目と鼻の先のところにあるではないか。
当人のさくらにとっては、否が応でも気が散る。
(あ、あそこに行けば…あの男に、もう一度、会えれば、これ…外してもらえる…かも…)
そんなわずかな希望を抱いた瞬間、我慢し続けている疼きが、先走って、再び、活性化する。
(くっ…!)
前を歩く蘭世に異変がバレないように平常心で振る舞いながら、
(い、行かなきゃ…あそこに行かなきゃ…どうにかして蘭世さんを撒いて、あの邸へ…!)
と聞き込みそっちのけで、良からぬことを考え始めるさくら。
だが、そういう時に限って、先輩の勘はやたらと鋭い。
「さくら、何か思い出したら遠慮なく言ってよ?聞き込みも勿論だけど、さくらの記憶も糸口になるんだからね」
と声をかけてくる蘭世。
もちろん後輩を鼓舞する先輩らしい発言なのだが、それすらもさくらにしてみれば本音を見透かされている気がして、
「は、はい…」
としか言えない。
その後も粘り強く聞き込みを続ける二人。
意欲的な蘭世に対し、さくらにとっては、もどかしい時間に他ならない。
自然と、チラチラ、あの邸の方を見てしまう。
あまりに見すぎるものだから、首を傾げた蘭世に、
「さくら、どうかしたの?あっちに何かある?」
「え…?あ、いえ…な、何も…」
と慌てて誤魔化すさくら。
お目当ての邸はすぐ傍なのに、さくらに気を配ってくれる蘭世に隙がないため、なかなか撒くチャンスがないという皮肉。
そして、とうとう、
「こんな閑静な住宅街で聞き込みしてても捗らないよ。もっと人通りの多い道路へ行こう!」
と蘭世が提案し、例の邸から離れることに。
(そ、そんな…!ここまで来ておいて…!?)
と、まるで目の前でお預けを食らった気分のさくら。
結局、大通りに出たものの、これといった収穫はなく、日暮れとともにうなだれながら本部へ戻った二人。
「また明日、仕切り直しだね」
と励ますように声をかける蘭世にも、もはや、どう返していいかも分からない。
「お、お願いします…」
と、よく分からない返事をして、捜査日誌に進捗を書き込むさくら。
見直して最初に感じたのは、
(わ、私…こんなに、字、汚かったっけ…?)
ということ。
破裂寸前の欲求不満は、とうとう日常生活にも支障が出始めていた…。
自宅マンションに帰宅したさくら。
昨日以上に足取りが重い。
エレベーターに乗り込み、自分の部屋がある3階に上がるほんの数秒の間にも、深い溜め息を繰り返す。
(ど、どうすれば蘭世さんにバレずにあの邸に行けるだろう…?)
明日に向けて考えることは、捜査の進展なんかより、それ一点のみ。
そして3階に着いたエレベーター。
足早に廊下を歩いて、自分の部屋、303号室へ。
キーケースを取り出し、鍵を差し込んだところで、さくらは、
(…?)
と、目をぱちくりさせた。
(鍵が…開いてる…?)
朝、閉め忘れて出てしまったのだろうか?
おそるおそるドアを開けた時に、改めて異変に気付いた。
点いた電気、見慣れない靴…そして奥から聞こえる男の話し声と煙草のニオイ…!
さくらは煙草を吸わない。
(だ、誰かいる…!)
とっさに玄関に置いた傘を武器として装備し、おそるおそるリビングへ踏み込んださくらは、
(…!!)
と、声を失い、目を見開いた。
「これはこれは、遅いお帰りで。先に上がらせてもらったよ」
と声をかけてきたのは、忘れもしない、あの幹部の男のその一味だった。
「ど、どうやって…!?」
と戸惑うさくらだが、その答えはすぐに分かった。
(そ、そうか…!私を眠らせた時に住所と鍵を…!)
さくらは妙なクスリを嗅がされ、寝落ちした状態で井の頭公園に運ばれた。
その際に抜き取られ、鍵も複製されたに違いない。
「━━━」
「…どうした?傘なんか手にして。チャンバラでもやるか?んん?」
と幹部は笑みを浮かべながら、さくらの顔を覗き込む。
「くっ…!」
挑発に乗り、手にした傘を握りしめて構えるさくら。…だが、その先はぷるぷると震え、殺気は全く感じられない。
幹部も笑って、
「構わんぞ?叩きのめすつもりなら、やってみろよ」
と立ち上がり、さらに挑発するように、さくらの前に歩みを進める。
「━━━」
無防備な幹部の接近に、傘を持ってるぶん有利な筈のさくら。
だが実際は、そのさくらの方が、じりじりと後ずさりをしていく。
やがて背中へ壁に当たる。
「━━━」
「へへへ。そうだよなぁ?出来ねぇよなぁ?何てったって…!」
幹部は素早くさくらの背後に回ってその細い身体を羽交い締めにし、ブラウスの前を強引に開いた。
ブチブチっ…!と音を立てて飛んだボタンがフローリングにバウンドする。
「嫌っ…!」
「俺たちを叩きのめす前に、まず、これを外してもらわねぇと話にならねぇもんなぁ?ハハハ!」
縦一閃の裂け目から覗く二つの鉄の椀…。
赤面して俯くさくらに、
「どうした?抵抗しねぇのか?んん?」
「━━━」
「抵抗しねぇと、この鍛え上げた身体、好き勝手されちまうぞ?それでもいいのかぁ?」
幹部の手が、ゆっくりスカートの上へ移るのを、さくらは、ゴクッと息を飲んで無抵抗で見守る。
そんな、すっかり戦意を喪失したさくらに、
「…へへへ。いいぜ、刺激に飢えたオンナの顔だ。素直になってきたじゃねぇか。んん?」
「━━━」
「今日はよ、そんなお前においしい話を持ってきてやったんだ」
「お、おいしい話…?」
「ああ。この厄介な下着を外す方法の話だよ」
と言われると耳を傾けずにはいられない。
「━━━」
黙って続く言葉を待ち、背後から幹部の腕に抱かれたまま、立ち尽くすさくら。
幹部は、さくらの耳元に顔を寄せ、
「…今日の昼間、俺ん家の近くまで来てたろ?」
(…!)
男は、ガサゴソと胸ポケットから何枚かの写真を取り出し、さくらの目の前にかざした。
写っていたのは、邸の前の道で佇むさくら、そして蘭世の姿。
どうやら邸の二階から、こっそり望遠レンズで撮影されたもののようだ。
「せっかく近くまで来たなら寄っていけばよかったのによ。ツレがいると、そういうワケにもいかなかったか?えぇ?」
と嘲笑う幹部に、突きつけられた写真から目線を逸らすしかないさくら。
幹部はニヤニヤしながら、
「この隣にいるのは先輩か?」
「━━━」
「どうなんだよ?答えろよ」
「そ、そう…」
「名前は?」
「て、寺田…さん…」
「ほぉ〜、寺田っていうのか。こいつはこいつで、なかなか生意気そうな顔してるじゃねぇか。こういう女ほど、快楽でしつけてやりたくなるんだよ。今のお前みたいになぁ?」
「━━━」
ぷいっと横を向くさくら。
幹部は、その可愛らしい耳に口をつけ、そっと囁いた。
「明日、こいつも連れて、もう一度、俺の邸に来いよ。そしたら、この下着を外す鍵は返してやる。今度こそ“望み通りに”してやるよ」
(…!!)
耳を疑うさくらだが、幹部はクスッと笑って、
「分かったな?頭を使って、うまく誘導してくるんだぞ?」
(ら、蘭世さんを巻き添えにしろっていうの…!?)
狡猾な取引の提示に、思わずキッとした目を向けるさくらだが、幹部に悪びれる様子などなく、
「良心が痛むなら別にいいんだぞ?守らなくて。ただ、そうすると、この鍵も、いつまでも大事に持っておく必要はなくなる。お前の行動次第では明日の夜にでも東京湾に捨ててしまおうか」
「くっ…!はうぅッ…!?」
背後に向けた厳しい眼は、スカートの裾から侵入した指で内ももをスッとなぞられただけで、あっさり相殺される。
そして反射的に、その指を挟んで押さえつけ、捕獲しようとするさくらの左右の太もも。
だが、そんなものは既にお見通しの幹部は、捕まるものかとすぐに手を引き、クスッと笑って、
「そういうことだ。では明日、良い判断を期待しているぞ」
と声をかけ、抱き締めていたさくらの身体を離して、子分を引き連れて帰っていった。
部屋に残ったのは、吸いもしない煙草の残り香と、サッとなぞられた内ももが誘発した身体の熱さのみ。
(ど、どうすれば…どうすればいいの…?)
蘭世は先輩。
その先輩を、自身の欲のために陥れることなど出来ない。
出来る筈がないのだ、普通なら…。
……
翌日、昨日の続きとして、再び担当エリアに出向き、街頭で聞き込みを始める蘭世とさくら。
相変わらず、これといった情報は得られない。
そんな中、固い表情で、静かに口を開くさくら。
「ら、蘭世さん…て、提案なんですけど…」
「提案…?なに?」
「行き交う人だけ捕まえて聞いていても、ラチがあかないと思うんです。だから、この周囲に家を構えて住んでる住民の人たちにも聞いてみるというのはどうですか?もしかしたら、おうちの中から何か目撃した人がいるかもしれないし…」
「なるほど。確かにね」
と蘭世は共感し、
「じゃあ、どうする?どの家から始める?」
と、さくらに聞く。
グッと息を飲み、
「じゃ、じゃあ…まず、あの立派な邸から…」
と、蘭世を誘導して足を進めるさくら。
何の疑いも持たずについてくる蘭世は、その邸の門が彼女にとっての地獄の入り口になっていることに気付く由もない…。
(つづく)