乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第四部 第一章・新内眞衣の場合
7.羞恥の都心ループ線 上野→大塚
 上野を出てすぐ、また次の指示が耳に飛んだ。
「しばらく…そうだな、池袋ぐらいまで寝たフリをしてもらおうか」
 という指示に付け加えて、
「あくまで無意識というテイで“脚を開いて”な」
(くっ…!)
 何か言いたげに、チラッと向こうで乗客を装う監視役の男を睨む眞衣。
 だが、男は、遠目に見てもニヤニヤしてるのが分かる表情で、
(ほら、さっさとやれよ)
 と視線で急かしてくる。
 仕方なく、ウトウトする大根芝居を挟んで、ゆっくり目を閉じる眞衣。
 その間に電車は次の鶯谷に到着した。
 乗降の足音を聞きながら、指示に従い、ゆっくりと脚を開いていく…。
 もし自分が通勤途中にでも、こんな女性客を見たら、
(女性なのに、なんてはしたない人なの…!?)
 と思い、開いた口が塞がらないだろう。
 だが、今、眞衣自身がそのはしたない客を演じさせられている。
 ある一定のところまで開いたところで、ふと、
(こ、これ以上は…さすがに…)
 と躊躇が押し寄せた。
 短いスカートの下はノーパン…これ以上、開くと、前に座る客に、その“中身”が見えてしまうのでは…?という恥じらいだ。
 だが、しかし…!
「もっとだ。もっと脚を開け」
 と、こちらの躊躇を見透かしたように耳をつく指示。
 堪らず、
(い、いいかげんにしてよっ…!)
 と怒りすら込み上げるも、やはり、恋人の安否を天秤にかけると、命令には逆らえない。
 顔に火を噴くような熱さを感じながら、眞衣は恥じらいの限界を少しだけ踏み越え、その細くて長い脚を、もう少しだけ開いた。
(ね、寝たフリ…!寝たフリで何とか…!)
 寝たフリでどうにか切り抜けたい。…が、どうしても周囲の反応が気になり、薄目を開けてしまう。
(…!!)
 目の前に座る中年の男の目が、完全に眞衣に、いや、眞衣の下半身に釘付けだった。
 それも、わざとシートに浅く座り直し、大きくもたれ、意図的に目線を下げているではないか。
(やぁっ…!め、めっちゃ見られてる…!)
 慌てて、逃げるように再び目を閉じる眞衣だが、目を閉じたところで状況が変わるワケではない。
 むしろ暗くなった視界の中にも、目の前にいた変態オヤジの幻影が浮かび、鼻の下を伸ばしながら股の間を覗かれている光景が頭から離れない。
 見られている…!
 知らないオヤジに大事なところを見られている…!
 そんな恥じらいが募っていくうちに、次第に眞衣は、
(ま、まずい…!)
 と寝たフリをしたまま、顔を青くした。
 自分だけが分かる股間の湿り…。
 体内が熱くなるにつれ、スースーと空気に触れる内ももに、ゆっくりと滴が伝う感覚があった。
(ウ、ウソでしょ…!?わ、私…見られて興奮してる…!?いや、まさか…!)
 依然、寝たフリは寝たフリ…だが、その内心は大慌てでパニック状態だ。
(お、おかしい…!今日の私…何かおかしい…!)
 とは思っても、あのホテルの部屋で、ひそかに媚薬ミストをたっぷりと吸引させられていたとまでは気付かない。
 むしろ、
(じ、自分に…こんな性癖があったなんて…)
 と、そっちを疑う始末。
 ミニスカートの中で、愛液の分泌が止まらない。
 溢れた滴は、そのままお尻の割れ目へと垂れていく。
 このままでは下のシートにまでシミが広がってしまうのでは…?という焦りが眞衣を押し包む。
(つ、次はどこ…?日暮里…?お願い!早く着いて…!)
 と願う眞衣。
 さっきの鶯谷から日暮里、この駅間もダイヤ上は2分、普段なら気にもならない距離だが、今にかぎり、それが妙に長く感じる。
 その間、必死に他愛もない別のことを頭に浮かべ、どうにか愛液の分泌を抑えようと気を静めるが、すぐにまた変態オヤジの幻影が脳裏に再登場してくる。
 そんな脳内の攻防を続けるうちに、ようやく寝たフリをする身体に減速のブレーキを感じ、日暮里に到着した。
 ドアが開き、乗降の足音が活発化する。
 おそるおそる薄目を開けると、目の前にいた変態オヤジが少し残念そうな顔をしながら席を立つのが見えた。
 それで少しホッとしたのも束の間、その安堵はほんの3秒程度で打ち砕かれ、その空いた席に次は若者二人組が座った…!
 一難去ってまた一難。
 いや、むしろ、変態オヤジ一人よりもずっと厄介なシチュエーションかもしれない。
 ドアが閉まって日暮里を発車すると、その若者たちは、周りを気にせず、
「なぁ、知ってる?ナオキ、こないだ彼女に二股がバレて大変だったらしいぜ」
「あぁ、聞いたよ。原宿で浮気相手とのデート中に鉢合わせしたってやつだろ?最悪じゃん?それ」
「それも日曜の昼間の竹下通りのド真ん中だぜ?俺だったら、その場で気絶するよ」
「ハハハ!確かに!」
 と、どうでもいい話を大きな声でし始めた。
 だが、当の眞衣は、目を閉じながら、
(お、お願い…!ずっとそのまま喋って!会話に夢中でいてっ!)
 と願うのみ。
 そんな脂汗が伝うような緊張感の中、西日暮里、田端とクリアし、次は駒込。
 このあたりがちょうど、駅の数でも距離でも、そして所要時間でも、スタートの品川から数えると半分というところ。
 だが、それも、眞衣にとって安堵など一つもない。
 むしろ、
(まだ半分…!?)
 という思いだ。
 ふいに、これまで騒がしかった目の前の若者の会話が途切れた。…いや、途切れたというより、急に声をひそめたといった方が正確か。
 その突然のトーンダウンで、眞衣は、反射的に、
(バレた…!)
 と直感した。
 もはや薄目を開けて見ることは出来なかった。
 代わりに、震えるような恐怖と沸き上がる羞恥を押し殺しながら耳を澄ますと、
「か、完全に見えてるよな?あれ…」
「マ、マジ…?ウソだろ…?」
 という密談が漏れ聞こえた。
(い、嫌っ!見ないで…!)
 寝たフリを続けつつ、内心、絶叫する眞衣。
 羞恥の連続に興奮し、ぐしょ濡れになった女性器…それを多少スカートの影がかかっているとはいえ、こんな公共の場で若者に見られるという屈辱…!
(は、早く…早く池袋まで…!)
 この山手線という路線に「快速」がないことを恨む眞衣。
 悠長に一駅ずつ停車していく各駅停車に対し、この寝たフリの指示のゴール、池袋への一刻も早い到着を願う。
 終始、目を閉じたまま巣鴨に到着。
 池袋まで、あと二駅。
(もう少し…あと少し…)
 と、頭の中で繰り返し、自分自身を励ます眞衣。
 すると巣鴨を発車したところで、久々にイヤホンから男の声が聞こえた。

「次の大塚で、一回、降りろ」

(…え?)
 寝たフリのまま、キョトンとする眞衣に、男はイヤホン越しに言葉を続け、
「この途中下車は命令だ。逃げたことにはしないから安心しろ。分かったな?次の大塚で降りるんだぞ」
 と念を押した。
(な、何で…?いったい何のつもり?)
 と、ひとまずの目的地であった池袋の一つ手前、大塚での突然の途中下車の指示に困惑する眞衣。
 そして困惑しているうちに減速のブレーキがかかり、大塚に到着。
 居眠りから目覚めたテイで目を開けると、前にいた若者二人が、
「お、おい!起きたぞ…!」
「やべっ…!」
 と慌てて目を反らすのが見えたが、無視してとにかく降りる。
 高架ホームの下に可愛らしい都電の姿が見える山手線、大塚駅。
 よれたスカートの裾を必死に直しているうちに、品川から約半時間、眞衣を精神をズタボロに痛めつけた内回り電車はドアを閉め、逃げ去るように発車していった。
 そして、ホームに残されて佇む眞衣に、同じくホームに残った男がニヤニヤしながら手招きをする。
 近寄っていくと、
「へへへ…品川からずっと注目の的になってたなぁ?よく耐えた。偉いぞ」
「くっ…!」
 腹の立つ言い草に思わず張り倒そうかと思ったが、何とか踏みとどまり、
「と、途中で下ろして、次は何をさせる気…?」
「いいからついてこいよ」
 とホーム階から改札階へ下りる階段へと進む男。
「こっちだ」
 と男が案内したのは構内のトイレ。
 そして男は、おもむろにポケットから取り出した遠隔ピンクローターを眞衣に手渡し、
「女子トイレで、コイツを自分でマンコの中に仕込んできな」
「━━━」
「…どうした?俺の指示が聞けねぇってか?」
 男は、断るなら品川のホテルにいる柴アに電話をかけるという脅しでケータイをちらつかせて、
「…どうするんだ?嫌なら別に逃げ出してもいいが…?」
「…や、やるわよ。やればいいんでしょ、やれば」
「そうだ、その通りだ。素直に言うことを聞けばいいんだよ。へへへ」
 悔しさを噛み締め、受け取ったローターを握りしめて、女子トイレへ入っていく眞衣。
 その背中を見送ってから、男は、この隙に電話をかけ、胸ポケットから取り出したポケット時刻表を見ながら、
「現在地、大塚。打ち合わせ通り、これより次のステップへ入る。列車番号、20○○から20△△…繰り返す。現在地、大塚。列車番号、20○○から20△△…よろしく頼む」
 と何やら暗号のような報告を繰り返した。

 打ち合わせ通り…?
 次のステップ…?
 よろしく頼む…?

 果たして、この意味深な報告は、いったい…?


(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2020/12/26(土) 00:15 )