乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第四部 第一章・新内眞衣の場合
6.羞恥の都心ループ線 品川→上野
 ホテルを出て足早に歩き、品川駅に着いた眞衣。
 時刻は20時を過ぎたが、さすがは大都会東京、この時間でも人波が途絶えることはなく、帰宅ラッシュは続く。
 いや、それどころか地方仕事から新幹線で帰京する人のピーク真っ只中だ。
 そんな中、鮮やかなピンクの衣装を身に纏い、限界まで生足を晒して歩く眞衣は、夜でもやはり目立つ。
 現に、すれ違うサラリーマンや若者の視線を否応なしに感じる。
 ふいに耳元の遠隔イヤホンから男の声が聞こえてきた。
「少し歩くのが早いな。もう少し、ゆっくり歩け」
 という指示だ。
(くっ…!)
 うらめしそうな顔でチラッと後方を振り返ると、部屋にいた男の一人がニヤニヤしながら監視役、指示役としてついてきているのが確認できた。
 羞恥に心が折れて逃げ出したり、今のような指示を無視すれば、即、ホテルの柴アに報告が行くというワケだ。
 仕方なく歩く速度を落とす眞衣。
 それにより、すれ違う人たちの視線を浴びる時間が伸びた。
 軽蔑したような同性の視線もあれば、
(こりゃたまらん…!)
 とばかりに鼻の下を伸ばした中年の顔もある。
 それに耐えながら、どうにか、在来線のコンコースに辿り着いた眞衣。
 きっぷを買って改札を通り、普段プライベートなら気になってしまう駅ナカ店舗に見向きもせず、通り過ぎる。
 妙に身体が熱い。
 羞恥によるものか、先ほどの強制自慰の余韻か、それとも…?
 再びイヤホンから、
「内回りの山手線に乗れ」
 と指示が出たので、それに従ってホームへ向かっていると、ちょうど、山手線、そして並走する京浜東北線がほぼ同時に到着したタイミングだったらしく、大勢の乗客が一斉に階段を上がってきた。
 階段の幅いっぱいいっぱいまで広がる人波。
 躊躇していると、すかさず、
「構わずにド真ん中を突っ切れ!」
 と指示が飛ぶ。
 良心が痛みながらも、その人波に逆らって突き進むと、案の定、
(邪魔だ!)
 という目や、舌打ちを浴びるが、一方で、すれ違うわずか一瞬の間に素早く上から下まで、顔から始まり、剥き出しの肩、突き出た胸、短いスカート、そして生足の先までを眼に焼きつけて堪能して去っていく視線も少なくなかった。
 もちろん肩がぶつかった人も多い。
(ご、ごめんなさい…!)
 普段なら絶対にしない社会的なモラルの欠落行為に後ろめたさを感じる眞衣。
 その間に停まっていた電車は発車してしまった。が、山手線など数分ですぐに次の列車が来る。
 5分も経たないうちに接近メロディが鳴った。
 日頃、毎日の通勤、そして捜査でも電車移動が多い眞衣にとっては耳にタコができるほど聞き慣れたメロディだが、今に限り、それは羞恥責めの開戦を意味するファンファーレに聞こえた。
 黄緑のラインの山手線、内回り電車の入線。
 停車し、眞衣をいざなうようにゆっくりと扉が開く。
「よし、乗れ」
 と耳に指示。
 車内は、すし詰めとまでは言わないが、まだ今の時間帯では座席は概ね埋まり、立っている客も多い。
 そんな中を鮮やかなピンク色をしたパツンパツンのボディコン衣装で潜り込む眞衣。
 否応なしに周囲の視線が集まる。
「近くの座席が空くまでは、そのまま立っていろ」
 と指示を受ける間にドアが閉まり、電車は動き出した。
 次の駅は、山手線内で最も新しい高輪ゲートウェイ。
 レールの継ぎ目を拾う音と、方々から話し声が聞こえる中、眞衣は、頬を染めながら車両の真ん中で吊り革を持って立っていた。
 その吊り革も掴むのではなく、指先をフックのように掛けるだけ。
 でないと、ノースリーブの衣装だから腋の下が全開になってしまう。
(な、長い…!)
 だが、その間、わずか1分。
 普段は近すぎるとさえ感じるこの一駅間が、ものすごく長く感じる。
「はぁ…はぁ…」
 息が荒い。
 そして、依然、身体が熱い。
(な、何でだろ…?何でこんなに今日に限って…!)
 と、まだ仕掛けられた罠の全容に気付かずに困惑し続ける眞衣。
 次第に周囲の数人が、眞衣の悩殺的な衣装に気付き、チラチラと流し目を始めた。
(み、見られてる…!めっちゃ見られてる…!)
 身体とともに、カァッと熱くなる顔。
 まだスタート地点の品川を出たばかり。
 あと一時間、こうして俯き加減でやり過ごすしかない。
 高輪ゲートウェイ着。
 すぐにドアが閉まって発車、次の停車駅は田町。
 その間に、ひときわ車内で異彩を放つ眞衣の存在に周囲が次々と気付き始め、向けられる視線が増殖していく。
 田町を過ぎ、次は浜松町。
 ここで、乗車してから音沙汰のなかったイヤホンから、ふいに指示が飛んだ。
「二、三回、その場で大袈裟に咳払いをしろ」
 というものだ。
(そ、そんなことしたら余計に見られるじゃん…!)
 と狼狽した眼をする眞衣だが、監視役の目的はまさにそれだ。
 逆らうワケにはいかない。
 無視すれば和也が…。
 眞衣は、覚悟を決め、二度、
「…ごほっ!ごほっ!!」
 と口に手を当てて大袈裟に咳払いをした。
 その瞬間、自身に集まる視線の数が爆発的に増えたのを肌で感じた。
 主に男性だが、最初の、
(誰だよ、うるせぇなぁ…!)
 というムッとした眼が一瞬にして、
(うおっ…!何だ、コイツ…!?)
 という表情に変わる。
 その手に取るように分かる変化が眞衣にとってはたまらなく恥ずかしい。
 赤面したまま、浜松町をクリア。
 一瞬チラッと見えるライトアップされた東京タワーに見向きをする余裕などない。
 そして車内に流れる、
「次は〜、新橋〜、新橋〜」
 というアナウンスで、眞衣に緊張が走った。
(来た…!まず一つ目の関門…!)
 と思った。
 普段からよく山手線を使う眞衣は、自然と各駅の性質も理解していた。
 そんな中、新橋といえば俗に言う「サラリーマンの街」で飲み屋も多い。
 ただいま、時刻は20時半。
(ちょうど仕事終わりに飲んだサラリーマンが溢れる頃…!)
 と、駅に近づくたびに妙な危機感と胸騒ぎが募る。
 ほどなくして電車が減速し、新橋駅のホームに滑り込む。
 チラッと窓の外を見た眞衣は途端に青ざめ、サッと血の気が引いた。
 やはり思った通り、いい感じに酔っ払ったサラリーマンの大群がホームに溢れていたからだ。
 電車が停車し、ドアが開くと、ガヤガヤと乗り込んでくるほろ酔いのサラリーマン。
 そして、案の定、恐れていた事態へと発展…。
 ドアが閉まり、動き出した矢先、酔いも手伝って気が大きくなった一人の酔客が、
「おい、見ろよ!すごいじゃん、あの娘!ボディコンだよ、ボディコン!」
 とボリュームがバカになった声量で眞衣の存在を同僚に知らせる。
 その声で、より一層、注目が集まる。
 スラリと伸びた生足、今にも捲れ上がりそうなパツパツのお尻に細い腰、そしてサイズ感をそのまま伝える胸の膨らみにセクシーな肩出し。
 舐め回すような視線が突き刺さる中、気にならないフリをするしかない眞衣。
 さらに次は有楽町駅。
 ここもサラリーマンの乗り降りが多い。
 俯き、無の境地で黙って発車を待つ眞衣。
 だが、そうすることで、聞きたくもない会話が、ちょこちょこ耳に入る。
「いい女だなぁ…!」
「あんなのが街に溢れてた時代があったんだよなぁ、昔は」
「懐かしいねぇ。俺も年を取ったよ」
 という思い出を語るのはまだいい方で、時折、
「見ろよ、あの胸…」
「スタイルいいなぁ…!脚もキレイだし」
「あんなにケツを強調されたら、まぁ、見ちゃうよなぁ」
 と身体の感想が漏れ聞こえてくるのが恥ずかしい。
 そして次は、いよいよターミナル、東京駅。
 新橋に続いて、
(ここも怖い…)
 と思う。
 案の定、ホームには乗客が列をなしている。
(立ってると目立つ…!座りたい…!)
 という切実な念が通じたのか、運よく目の前に座っていた客が席を立った。
「よし、そこに座れ」
 と指示が来たので、腰を下ろす。
 危惧した通り、けっこう人が乗ってきて、車内が混み始めた。
「車内、中ほどへお進みください」
 とアナウンスも促している。
 眞衣が座る目の前にも、一つ前の有楽町駅から乗ってきた二人組の中年サラリーマンが押し込まれてきて、吊り革を片手に立ち話に興じている。
 そして東京駅を発車してすぐ、次の指令が耳に入った。
「足元を気にする素振りをして前に屈め」
 というものだった。
(くっ…!せっかく座れたのに…!)
 と、内心、舌打ちをする。
 今、この格好でそれをすればどうなるかは想像するに容易い。
 だが、逆らえない眞衣は、仕方なく、座席に腰かけたまま、足首を掴んで歩き疲れをほぐすような仕草をした。
 自分でも分かるほど、胸の谷間がぽろんと露出する。
 それを無視して、まず右の足首…そして左の足首…。
 ほぐすのを終えて身体を起こすと、その瞬間、前にいた二人組のサラリーマンが、慌ててサッと目を逸らす素振りをするのが見えた。
(や、やっぱり…!)
 案の定、胸の谷間をしっかりと見られていた。
 それも、こんな、パツンパツンの衣装に締めつけられ、強調されたような胸の谷間を…!
 そんな羞恥の指令を実行している間に神田をクリアし、次は秋葉原というところで、
「今のを、次は上を見ながらやれ。そして前の男たちと目が合ったらニコリと笑ってやれ。舌でも出してやると、なお良しだ」
 と言われた。
 カァッと赤くなる頬。
(そ、そんなこと…!で、でも…やらなきゃ…!)
 と素直に従い、再び、視線を誘うように前に屈む。
 さっきと同様、足首をほぐす仕草をしながら、そろそろかと、おそるおそる顔を上げると、次はモロに二人と目が合った。
(あっ…!)
(しまった…!)
 という顔をして固まる二人のサラリーマンに対し、精一杯の作り笑いを見せる眞衣。
 そして物欲しそうに舌を出し、ゆっくりと舌なめずり…。
 まるで胸の谷間を覗かれて嬉しい女のよう。
(お、おかしいよ、こんなの…!)
 そのまま、オタクの聖地、秋葉原に到着。
 総武線との乗り換えで人がごそっと入れ替わり、目の前にいた二人のサラリーマンも総武線への乗り換えか、それとも眞衣の誘惑を不気味に感じたからか、ドアが開いたと同時にそそくさと降りていった。
 ドアが閉まり、また動き出す。
 次は御徒町、その次は上野。
 上野でも、また客が入れ替わり、眞衣の前を通る客は、みんな、奇異怪々の目でチラチラと見ていく。
(は、早く次の駅へ…!)
 そんな思いの繰り返し…。
 一駅ごとに羞恥心を抉られ、精神的疲労が溜まる一方だ。
 品川から始まり、ようやく上野。
 ここまで来ても、まだ山手線全体でいえば、3分の1程度でしかない。
「さぁ、次は…」
 と、またイヤホンから男の声が聞こえる。
 羞恥地獄は、まだまだ続くのだ…!


(つづく)

鰹のたたき(塩) ( 2020/12/20(日) 23:40 )