乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―





























































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★第三部と第四部の間の短篇集★
梅澤美波のその後… (プロローグ)
 本部の電話が鳴った。
 秋元真夏が受話器を取ると、
「梅澤です!」
 と、何か収穫があったと匂わせる明るい声が聞こえ、
「柴崎を乗せて逃げたモーターボートが見つかりました!」
「どこ!?」
「静岡県下田市にある下田港です。地元の漁師の話によると、昨夜未明、港のはずれに乗り捨てられた持ち主不明のモーターボートが発見されました。中はもぬけの殻でしたが、船体が真夏さんたちの話していた特徴とぴったり合致します」
「白いボディに赤いライン?」
「はい。今、隣で吉田が撮った写真をそちらに送ってます。確認してください」
 と梅澤が言っている間に、真夏自身の携帯電話にメールの受信があった。
 送信相手は同じく部下の吉田綾乃クリスティー。
 添付された写真を開くと、確かに、先日、白石麻衣の救出時に見た、東京湾に消えていったモーターボートと酷似していた。
 真夏は受話器を握り直し、
「上陸先の動向は?」
「地元の人が言うには、ここ下田から市外への移動手段は三つに絞られます。車、電車、そして伊豆諸島の島々へのフェリー。これから吉田と一緒に聞き込みをして、その三つの線を確かめていきたいと思います」
「了解。何か分かったらまた連絡して」
 と真夏は言って、その電話を切った。
 そこに寄ってくる若月佑美。
 どうやら聞き耳を立てていたらしく、怪訝そうな顔で、
「今の電話、梅澤…?」
「ええ。柴崎が使ったモーターボートが見つかったそうよ。場所は静岡の━」
 梅澤の報告をそのまま伝えると、次第に若月の顔に安堵の色が浮かぶ。 
 どうやら、SOSの電話で、またしても梅澤が危機的状況に陥ったのでは…と思っていたようで、
「よかった…」
 と呟き、胸を撫で下ろしている。
 その姿を見て、真夏は、
(無理もないか…)
 と思った。
 梅澤は、いわば若月の教え子。
 彼女が訓練生だった当時、臨時教官を務め、捜査官のイロハを教えた師弟の間柄だ。
 そんな梅澤が罠に嵌まり、卑劣な女体拷問にかけられたのは過去のこと。
 愛弟子の凌辱に誰よりも怒り、誰よりも悲しんだのは師である若月に違いない。
 幸い、梅澤はそんな屈辱の過去の断ち切り、先日から捜査官の職に復帰しているが、また同じ目に、いや、それ以上の酷い目に遭わないとも限らない。
 その不安が、こうして若月を神経質にさせている。
 そんな若月の不安を打ち消すように、真夏は、
「大丈夫だよ。吉田も一緒にいるし、今のウメなら心配ない。あの娘は強い娘だから」
 と言った。

「梅澤は強い━」

 その一言は、若月を励ましつつ、真夏の本心でもあった。
 それほどに、戦線に復帰して以来、梅澤の存在は、とにかく頼もしい。
 同じ境遇となった伊藤純奈が「復讐」を糧に張り切っているのに対し、最近の梅澤は、まるで、そんな暗い過去の事などキレイさっぱり忘れたというような清々しさを感じる。
 どちらも頼りになる部下という点に変わりはないが、そんな梅澤の精神力に、真夏は目を見張るものを感じていた。


 前回、卑劣な女体拷問を受け、一時は性奴隷にまで堕とされ、心身ともに凌辱された梅澤美波。
 そんな彼女が、いったい、どのようにして忌まわしい過去と決別し、払拭できたのか。
 これは、そんな梅澤の転機を遡った話である…。

鰹のたたき(塩) ( 2020/08/26(水) 00:07 )