乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―




























































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第三部 第九章・阿鼻叫喚のダブルグラマラス ―女捜査官の堕とし方― (中田花奈、樋口日奈)
2.密約
 樋口、和田に中田を加えた三人は、いつも通り、柴崎弁護士の個人事務所に張り込んだ。
 白石からは、牽制の意味も込め、マークしていることが気付かれるのも承知の上で、あえて大々的にやるように言われている。
 そのため、今日もいつもと同様、車を建物の正面にあるパーキングに堂々と停め、車内から様子を窺う。
 運転席に和田、助手席に樋口。
 復帰したての中田は後部座席で、ターゲットの柴崎弁護士の略歴などが書かれた資料に入念に目を通している。
 顔写真を眺めながら、
「いつも、どんな感じなの?」
 と聞くと、まず和田が、
「ここ数日、同じ動きばかりだね。朝9時に出勤、お昼に一度、食事に出た後、17時まで事務所にいて、その後、帰宅。怪しい動きは特になし」
 と教え、そこに樋口が、
「もっとも、事務所の中で何をしているかは分からないけどね。本業の弁護士の仕事をしてると見せかけて、コソコソと何か企んでるのかもしれないし」
 と付け加えた。
 それは中田も聞いていて思った。
 表面上では顧問弁護士としつつも実際は花田組の懐刀のような存在らしいので、組長の花田とは、会わずとも、密に連絡をとっているのは間違いない。
「できれば、その会話の内容を聞きたいけどね」
 と中田は口にするが、盗聴は禁じられている。
 それに、相手は腐っても弁護士、頭が切れる。
 ヘタに仕掛けて見破られ、人権侵害だとか名誉毀損などと言ってこられると分が悪い。
 連日同様、なかなか動きがない。
 この後、お昼になると、歩いて近所の店に食事に出かける。
 周囲に三軒ほど柴崎の行きつけの店があり、それを律儀に、曜日によって使い回しているらしい。
「今日は水曜日だから、あの角の蕎麦屋さんの日だよ」
 と和田が言うほどだ。
 じっと建物を見つめる前の二人に対し、中田は、さっきからずっと資料に目をやっている。
 その熱中っぷりに、樋口は思わずルームミラー越しに、
「花奈、何か気になることでもある?」
 と聞いた。
「ううん、何もない」
 と慌てて返す中田。
 中田が凝視していたのは、柴崎弁護士の顔写真だった。
 一枚は全国の弁護士の顔写真が載っている「弁護士大全」という人物録からコピーされたもの、もう一枚は街を歩いているところを隠し撮りした近影なのだが、それを見て、中田は、
(この顔、どこかで見たことがあったような…)
 と引っかかっていた。
 だが、一向に、これだという答えを思い出せない。
 だから、さっきの樋口の問いに対しても「何もない」と答えた。
 別に隠すつもりは毛頭ない。
 単に自信がなかっただけだ。
 そんなことをしていると、ふいに和田が、
「…出てきたっ!」
 と小さく叫んだ。
 見ると、確かに柴崎弁護士が事務所から出てきていた。
 樋口は瞬時に時計を見て、
「妙ね。いつものランチタイムにしては、ちょっと早い…」
 と首を傾げる。
 柴崎は、前の道路で、走ってくる車をじっと見ている。
(迎えの車を待っているのかな?)
 中田の思った通り、走ってきた一台の車がすっと柴崎の前で停まった。
 それを見て、慌てて和田もエンジンをかける。
 久々の新たな動きに車内は色めき立った。
 柴崎を乗せた車が走り出すと、併せて和田の運転する車も発進した。
 気付かれても構わないという指示の下、堂々と真後ろにつける。
 柴崎は助手席にいた。
 運転手の顔は分からないが、男だということは間違いない。
 助手席の樋口が、
「柴崎弁護士が迎えに来た車に乗って移動中。追尾開始します」
 と無線を飛ばし、続けてナンバープレートを読み上げた。
 ナンバープレートを照会すれば、車の持ち主が分かる筈だ。
 前を行く車は都心を離れ、湾岸の工業地帯へ。
(いかにも“おびき寄せられてる”って感じだな…)
 と中田は思った。
 これだけ堂々と捜査官の追尾車が背後についているのに気付かない筈がない。
 それでも撒こうとする様子もないのは、泳がせてるのか、それとも罠か━。
 だが、仮に罠だとしても、今の中田には、樋口と和田、気心の知れた仲間がいる。
 特に和田にいたっては空手経験者で体術に優れているから頼りになる。
 前を行く車は、その一角にある工場の一つに車ごと入っていった。
 三人は手前で車を停め、そこから歩いて近づいた。
「もしかしたら例のクスリの工場かもしれないよ」
 と和田は言うが、中田は違うと思った。
(それなら、私たちの尾行を撒いてからじゃないと近寄らない筈…)
 と思ったからだ。
 気付いていながら呑気にここまで引っ張ってくるのは何か別の意図がある気がする。
 それでも、和田が率先して前を行くので、中田も樋口も、それに続くように工場の中へ忍び込んだ。
 見たところ、ただの廃工場。
 その薄暗い中に、柴アが乗ってきた車が停まっているのが見えた。
 人の気配はないから、乗せてきた運転手とともに、降りてさらに奥へ入っていったようだ。
 無人なのをいいことに、果敢にどんどん奥へと進む和田。
 むしろ後ろをついていく樋口の方が不安そうだ。
 一方、中田は、前方よりも、入ってきた後方を気にしていた。
 罠なら挟み撃ちにされ、袋の中のネズミにされる可能性があるからだ。
 だが、幸い、増援が駆けつけたような物音はしない。
 少し安心した時、ふいに前から、
「うっ…!」
 という呻き声とともに、人の身体が崩れ落ちる音がした。
(…!!)
 慌てて目をやると、つい数秒前まで立っていた樋口が地面に突っ伏していた。
 その前を歩いていた和田は立ったまま、拳を握っている。
「まあや!何を…!?」
 と聞くより先に、和田は、中田へも襲いかかってきた。
 鋭い回し蹴り。
 咄嗟にガードして出した右腕に直撃し、じーんと痺れる。
「くっ…!」
 よろけたところに、再び蹴りが飛んできて、太ももに食らった。
(痛っ…!)
 吹っ飛ばされるように倒れる中田。
 地面の砂埃が舞い上がり、服を汚す。 
「まあや!急にどうしたの!?」
 思わず叫ぶ中田の声に答えず、馬乗りになる和田。
 そこへ聞こえる笑い声。
 反射的に、声のした方を睨みつける中田。
「し、柴アっ…!」
 蹴りを食らった太ももの痛みに顔をしかめながらもキッとした眼をして、
「まあやに何をしたの!?」
「なに、ちょっと彼女と良い関係の彼氏を人質にしただけだ」
「か、彼氏…!?」
「なかなか楽しい恋愛をしているらしい。言う通りにしないと、その彼氏の家に花田組の若い衆で押しかけて二度と外を歩けない身体にしてやると脅したら、こうして素直に従ってくれたよ」
(…!!)
「さぁ、そいつも早く落とせ!」
 と柴アが言うと、和田は、鮮やかな身のこなしで倒れる中田の背後を取り、首を絞めた。
「んっ…ぐっ…がぁっ…!」
(く、苦しい…!)
「花奈…ごめんね…本当にごめん、私…」
 和田は繰り返しながら、ゆっくりと力を込めていく。
 徐々に視界が薄れ、意識が遠のいていく中田。
 首に巻きつく和田の腕を引き剥がそうとした右腕が、ゆっくりと地面に落ちる。
 地面に横たわる二人の女を見て、柴アは満足げに、
「ククク…上出来だ。あとは引き受けよう。私に任せたまえ」
「…本当にこれで彼には手を出さないって約束してくれるんでしょうね?」
「心配無用。まだ“今は”安全を保証しておいてやるさ」
「い、今は…!?」
 和田は、ハッとした眼をして、
「約束が違うっ!今回だけって言ったでしょ…!?」
 と詰問するも、柴崎は平然と、
「私は昔からすぐ気が変わる人間でね」
 と言ってのけ、
「君が裏切り者だということは、まだ、この寝転がった二人以外には気付かれていない。同じ方法で、もう一人ぐらいハメることが出来そうだ。そこまで付き合ってもらおうか」
「くっ…!」
 拳を握る和田だが、柴崎は怯むどころか、
「殴って気が済むなら殴ればいい。そのかわり、あとから大好きな君の彼が酷い目に遭うだけだ。それが嫌だから私の言いなりになったんじゃなかったかね?」
「━━━」
 泣く泣く和田が拳を下げると、
「何だ。やめるのか。口ほどにもない。ククク…」
 と、柴崎は笑みを浮かべて、
「それにしても、仲間を裏切ってでも守りたい恋人とは、まるで恋愛ドラマだな。その純愛っぷりに、私も思わず良心を取り戻しそうだよ」
 と言った。

 狡猾な彼らしく、いつのまにか、まあやの恋人を人質に取っていた柴崎。
 脅されたまあやの裏切りにより、樋口日奈、そして戦線復帰したばかりの中田花奈は、柴ア弁護士に捕らわれてしまった。
 果たして二人の運命は…!?

鰹のたたき(塩) ( 2020/06/30(火) 19:32 )