1.再び迫る魔の手
ある日の夜。
女捜査官の連中との抗争の傍ら、花田組の組長・花田肇は、金主との会合に顔を出していた。
場所は銀座の高級料亭。
ここの女将とは古い付き合いだから捜査官を手引きするようなマネはしないだろう。
その席上、酒を飲み、上機嫌になった金主が花田に言った。
「お前が録ってくる裏モノ、なかなかいいよ」
「そりゃ、どうも」
ヤクザの組長にもかかわらず、へいこらする花田。
女捜査官たちの凌辱を記録した無修正ビデオ。
それを毎回、新作が出るたびに高値で買い取ってくれるこの金主は、花田にとって、掴んで離せないお得意様の一人だった。
その金主は、酒に酔った赤ら顔で、
「中でも一人、お気に入りがいたんだ。何といったかな?確か、西なんとか…」
「…西野七瀬?」
「そう。それだ!」
金主はパチンと指を鳴らして、
「あれはいい女だよ」
「確かに、そいつのは、ウチの流してる裏モノの中でも一番人気ですわ」
「そうだろう?値打ちがあるよ」
と言ったから、金主は急に声を潜めて、
「あの女は、あれ一本かい?」
「…というと?」
「いい女だったからな。できれば、もう一本、見たいんだが、どうにか新しいのを録ったりできんのか?」
「新しいの…ですか」
「もちろん金は弾むよ。ゼロを一つ多くしてやってもいい」
金主からの声に、花田は前のめりになった。
今、花田組では、抗争の裏で、ひそかにドラッグの製造にも手を出しているが、これが何かと金がかさむ。
そんな矢先の願ってもない儲け話に食いついた。
「分かりました。それじゃあ、一週間くださいよ。その間にウチの若いのに録ってこさせますから」
と約束を取りつけた花田。
相手が捜査官となると厄介だが、幸い、この西野七瀬という女は前回の凌辱で捜査官の職を退いたと聞く。
つまり今は一般人、狙いやすい。
早速、幹部に連絡を取り、その旨を命じる花田。
「一週間で何とかしろ。必ずだ」
と、花田は、電話の最後に釘を刺した。
……
西野七瀬。
今は亡き鮫島が花田組と手を結び、「捜査官狩り」と称して抗争を激化させた際の最初の被害者。
因果関係も何もなく、ただ捜査官というだけでターゲットにされ、鬼畜な連中に拉致されて媚薬を盛られ、数人がかりで犯された上、その光景をビデオに録られるという地獄を味わった。
その屈辱によって心に大きな傷を負った七瀬は、耐えきれずに、やむなく捜査官の職を離れた。
そして今は、その忌まわしい記憶を切り離すように、一人の平凡な女性として都内某所にあるフラワーショップでひっそりとアルバイトをしている。
自分が辞めた後も捜査官と花田組の抗争は続いており、先日、新リーダーの白石麻衣から命を受け、高山一実が訪ねてきて復員を頼まれた。
元同僚で付き合いも長い親友からの打診に、一瞬、考えたが、すぐにあの地獄絵図が頭に蘇り、断ってしまった。
それに対し、高山も気を遣って無理強いをすることなく帰っていった。
現在、この抗争においては劣勢で、人手が足りなくて非常に苦しい状況だと聞いて、申し訳ない気持ちでいっぱいだが、一方で、
(もし、またあんな目に遭ったら…ナナ、怖いねん…)
という不安が、どうしても断ち切れなかった。
それから数日。
七瀬は、全てを忘れるように今の仕事に没頭した。
時折ちらつく高山の顔も忘れ、花屋の店員として、ひたすら精を出していた。
そんなある日のこと。
「西野さん!ちょっと遠くまで配達に行ってくるから、その間、店番よろしくね!」
と店主に言われ、七瀬は一人で店番をしていた。
しばらくすると、近所に住む常連のマダムが来た。
いつも同様、バラが欲しいと言う。
注文を聞き、用意をする七瀬。
レジの操作も花の包装も、だんだん板についてきた。
満足げに帰っていくマダムと入れ替わりで次は男が二人やってきた。
花屋に男の客、しかも二人組というのは珍しい。
その男たちは店内の売り物を物色し、何かコソコソと話をしている。
七瀬は気になって、
「どういったものをご希望ですか?」
と口を挟んだ。
その声に振り返る男たち。
片方の男が、なぜかニヤリと笑って、
「俺たちが欲しいのは花じゃないんだ」
「…え?」
きょとんとする七瀬だが、ふと、その顔色が変わった。
にやつく男のシャツの裾に刺青が見えたからだ。
(お客じゃない…!)
と察した瞬間、もう一人の男が素早く脇腹に当てたスタンガンがバチバチと音を立てた。
「うっ…!」
昏倒する七瀬の身体を受け止め、支える男たち。
それと同時に、店の前にワンボックスカーが停まり、中から、さらにもう一人、男が降りてきた。
その男は周りをキョロキョロと見渡して人の目に注意を払いながら、ぐったりとした七瀬の脚を持ち、その身体をワンボックスカーに押し込んだ。
そして自分たちも続いて飛び込むように車に乗り込むと、運転席の男に、
「よし、出せ!」
と命じ、その声で急発進したワンボックスカーは、そのままどこかへ消えていった。