乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―





























































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第三部 ANOTHER-02 新米捜査官(四期生)逃走中
2.ゲームの始まり
 任務に集中しすぎて本部との連絡が手につかない、怠るというのは新米捜査官にはありがちのことだった。
 だから、それを見越して、必ず三人一組で行動し、常に一人は絶えず無線で連絡を取れるように、と釘を差していた矢先の出来事だった。
 連絡が取れなくなった捜査官は九人。
 賀喜遥香、掛橋沙耶香、金川紗耶、北川悠理、柴田柚菜、田村真佑、筒井あやめ、早川聖来、矢久保美緒。
 先に被害に遭った清宮レイ、遠藤さくらを除いて、よりによって全員が先日まで訓練生だった新米中の新米ばかりだ。
 この九人は、それぞれ三つのグループに別れ、三人一組で不審な動きをする組員を尾行していたが、正午を過ぎ、相次いで連絡が途絶えてしまった。
 白石、秋元は、すぐに、各組の最後の無線のやり取りのテープを聞き直した。

「こちら…班。今…を追跡中、現在地は…です」
「はい、こちら本部。ちょっと電波が悪いわ。名前と現在地をもう一度」
「…です。今…です」
「よく聞こえないわ。もう一度」
「……です」

 おそらく賀喜の声だが、確かにオペレーターの言う通り、電波が悪くて聞き取れない。
 他の二組の最後の無線も、似たように雑音が混じった無線だった。
 二人は首を傾げた。
「山の中…?」
「だとしても、この音の割れ方は不自然ね。三組とも、見事に等間隔に雑音が入ってる」
「とすると、妨害電波…?」
 聞く秋元の顔も、それに黙って頷いた白石の表情も険しかった。
 意図的な妨害電波なら、その出処は花田組に決まっている。
「おそらく…」
 白石は、苦渋の表情で、九人の身に降りかかった出来事を推察する。


 九人は、三人一組で、三人の組員を別々に尾行していた。
 もちろん、その三人の組員は、今となっては囮に違いない。
 そして、おそらく、この囮たちは、ひそかに車中から妨害電波を発信していたと思われる。
 妨害電波を飛ばしながら走る車を至近距離で追尾していれば、当然、本部への無線連絡にも支障が出る。
 こうして、たちまち本部との連絡手段を遮断されて孤立した新米九人は「自分たちの力で何とかしなければ…」と焦る気持ちのまま罠のある方へとおびき寄せられ、きっと今頃…。

 ……

 しかし、白石の最悪の想像に反し、九人は無事だった。…とはいえ、あくまでも『今のところは』である。
 無線の調子が悪く、本部との連絡が上手く取れないまま追尾を続けた新米たち。
 当初は、それぞれ別々の組員を追っていた。
 しかし、賀喜、掛橋、金川の三人が追尾した組員Aが目的地と思われる奥多摩の廃校に到着し、しばらくすると、そこに、田村、早川、柴田の三人が追尾する組員Bも到着、さらに、北川、筒井、矢久保が追尾した組員Cも…という具合に、結果、ターゲットの三人が合流したことで、追尾した九人も再合流する形になった。
 そして、周囲を警戒しながら、その廃校へと入っていく三人の組員。
 山間にひっそりと佇む朽ち果てた廃校に用があるという時点で、いかにも怪しい感じが否めない。
 そこで彼女たちが考えたのは、さては、この誰も近寄らない廃校が、強力媚薬『HMR』の隠し場所に使われているのではないかということだった。
「だとしたら、その証拠を押さえる絶好のチャンスだよ!」
 と興奮した掛橋が声を上げ、
「しぃ〜!声が大きいよっ!」
「バレたらどうすんのっ!?」
 と、他の面々を慌てさせた。
 突然の局面に立ちすくむ九人。
 まず本部に連絡するべきなのは分かっている。が、不運なことに無線の調子が悪い。
 しかも、それが妨害電波によるものとは誰も気付かず、山間という場所のせいだと思い込んでいる。
「一度、本部に戻る…?」
「ここまで来て?絶好のチャンスだよ?」
「でも、もしかしたら罠かも…」
「どうする…?」
 恐怖もあるが、それ以上に何とかして手柄を立てたい新米たち。
「よし、行こう…!」
 と決断したのは、この中で最年長の田村真佑だ。
 先ほど入っていった二人の組員を最後に、人の気配はない。
 九人は、大胆に正面から廃校へ踏み込んだ。
 薄暗く、ひっそりと静かだ。
 一塊になって全方位を警戒して廊下を進む九人。
「誰もいない…?」
「そんな筈はないよ。少なくとも、さっきの三人は中にいる」
「二階かな?」
「行ってみよう」
 階段を上る九人。
 入ってきた出入口がみるみる遠ざかっていく。


 一方、その頃。
 表では、続々と花田組の組員が到着し、彼女らが忍び込んだ廃校を眺め、不敵な笑みを浮かべていた。
 まず出入口を固め、校舎という“巨大な密室”を作り出した組員たち。
「さて、そろそろ始めようか。これぞ本当の“捜査官狩り”だ!」
「ひよっこ捜査官たちに“追われる恐怖”を味わわせてやるぜ!」
 これから始まるゲームに気持ちを昂らせる組員たち。
「捕まえたら遠慮なくヤッちまっていいんだなぁ?」
「あぁ。早い者勝ちだ!」
「それじゃあ、俺が一人で何人も頂くぜ!悪く思うなよ!」
「何を言う!数では負けねぇぞ!」
 と、物騒な会話が飛び交い、
「よし、それじゃあ、ゲームスタートだ!」
 その声を合図に“オニ”たちが一斉に校舎へと踏み込んだ。

鰹のたたき(塩) ( 2020/03/27(金) 13:18 )