乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―





























































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第三部 第二章・山崎怜奈の場合
1.膠着
 花田組による「捜査官狩り」が加熱する一方、新生「乃木坂46」も、ただ手をこねまいているワケではなかった。
 特に、白石麻衣に指揮権が移ってからは、慎重派だった前任の桜井玲香と違い、花田組に対して遠慮せず積極的に切り込んでいこうという空気になっていた。
 その手始めとして、まず、末端の組員をスピード違反や駐車違反など別件を口実に引っ張り、組長の花田肇の居場所を尋問した。
 どの組員も花田からの報復を恐れてか、簡単に口を割る者はいなかったが、それでも牽制には充分だった。
 そして、組事務所だけでなく、組員の自宅の家宅捜索も次々と敢行した。
 また、幹部クラス相手にも、あえて露骨に尾行し、マークしていることを意図的に匂わせたりもした。
 中には尾行する捜査員に食ってかかり、
「俺に何か疑惑があるのか?あるのなら証拠を出せ!証拠もないのにこんな不愉快なマネはしてたら不当捜査として訴えるぞ!」
 と凄む者もいたが、その際は、あらかじめ白石に吹き込まれた通り、
「花田組が非合法ドラッグ『HMR』に高値をつけて裏で売買している。そして顧客との橋渡しになっているのが幹部の貴方だ。…という匿名のタレコミがありました。もちろん事実無根と分かれば引き揚げますが━?」
 と言い返した。
 タレコミがあったという点は作り話だが、それでも、痛いところを突いて相手を黙らせるにはもってこいの反論だった。
 それ以降も、執拗な尾行により、幹部に妙な動きをさせない捜査員たち。
 さすがに末端の組員にまで尾行をつけることは出来ないが、とりあえず幹部の連中は全員、尾行の対象となっていた。
 それが抑止力となって、山下美月が拉致されて媚薬漬けにされて以降、相手に目立った動きはない。
 仲間の山下を一度ならず二度までも凌辱され、その怒りに燃える女たちの執念に手を焼いたのか、幹部連の動きを封じられ、すっかり鳴りを潜めた花田組。
 だが、だからといって彼女たちは捜査の手を休める気はない。
 やられた仲間がいる以上、捜査員の誰もが徹底抗戦の意を示している。
 そして、この日も、白石が離脱者に戦線復帰を説得して回る一方、本部では、秋元真夏の指示で幹部への粘着的な尾行を開始した。
 このまま相手をノイローゼに陥れることも辞さない構え。
 むしろ精神的に参ってくれた方がボロが出やすくなると期待している。
 そんな折、
「こちら2班。幹部の一人、片桐が事務所を出ます!」
 と、本部の真夏に向けて無線連絡が飛んだ。
 2班は山崎怜奈と北野日奈子のコンビだ。
「了解。くれぐれも注意して尾行するように」
 と真夏は無線を返した。
 2班に続いて、寺田蘭世と伊藤純奈の1班、新内眞衣と渡辺みり愛の3班も、それぞれマークする幹部に張りついて尾行を開始した。
 真夏は机の上に東京都全域の地図を広げ、各車からの報告を待つ。
「2班です。片桐は、ただいま銀座を通過し、もうすぐ築地です。どうやら行き先は晴海方面の模様」
 と山崎怜奈。
「こちら3班。甲州街道に入りました。まもなく笹塚駅前。とにかく西へ向かってます」
 と報告する渡辺みり愛に続き、
「1班ですが、現在、板橋区内を走行中。荒川に向かって北上しています」
 と、寺田蘭世からも無線が入った。
 それらの報告を受け、真夏は、広げた地図の上に、各車の現在地として赤いマグネットを置いた。
(1班が板橋…2班が築地で、3班が笹塚…か)
 三台とも向かう方角は見事にバラバラだった。
 次の報告でさらに離れ、まるで反発する磁石のように、みるみる遠ざかっていく。
 北へ向かった1班にいたっては、荒川を渡り、東京を出て埼玉県内に入っていた。
 一方、2班は、晴海埠頭の倉庫に到着したと報告が来た。
「今、車を路肩に寄せて監視しています。片桐が車を降りて、倉庫に入っていくのが見えます。周囲の様子に神経質になっていますね。片桐は一人ですが、倉庫の中に何人いるかは分かりません。辺りは静かです」
 と、頭が切れる山崎の、その場の光景が浮かぶような丁寧で流暢な報告が届く。
 それを聞いた真夏の表情が険しくなった。
 人のいない倉庫に何の用があるのだろうか?
 それに、やけに周囲を気にしているという。
(ま、まさか、取引…?)
 嘘からから出たまこととなってしまったのかもしれない。
 ふと、真夏は若い二人の猛る気持ちを危惧して、
「二人で飛び込んじゃダメよ!」
 と釘を差してから、
「ひとまず麻衣に報告するから、まだ、次の指示があるまでは動かないで」
「分かりました」
 と山崎は答えた。…が、その直後、突然、
「きゃっ!!」
 と、短く、二人の悲鳴のような声が聞こえた。
 そして衝撃音。
「ちょっ、ちょっと!どうしたの!?」
 呼びかける真夏。
 しかし、状況が分からないまま、そこで無線が途絶えてしまった。
 再度、応答を求めても返事がない。
 真夏は慌てて山崎の携帯電話を鳴らした。
 呼び出し音は鳴っている。…が、出ない。
 北野にかけても同様だった。
(まさか、罠…?)
 そして、すぐに他の班を応援に向かわせようとした時、真夏はハッとした。
 机の上に広げた地図に各車の現在地を示す赤いマグネット。
 晴海埠頭で異常事態に巻き込まれた2班に対し、現在、北上する1班は浦和、西進する3班は立川まで、それぞれ進んでいた。
「しまった!」
 その二台が追った幹部は、捜査員を都心から遠ざけ、注意を引くための囮だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 今から急いで戻ってくるように指示しても一時間はかかるだろう。
 唇を噛む真夏。
(こんな古典的な手に騙されるなんて…!)
 真夏は、本部に残っていたメンバーを引き連れ、おそらく“何か”が起きた晴海埠頭へと車を飛ばした。


 晴海埠頭に着くと、二人が乗っていた筈の車は、リアガラスが粉々に割れ、ボンネットが電柱に激突した状態で発見された。
 蒼ざめる真夏たち一行。
 中で血まみれになって倒れる二人の姿が頭をよぎったが、覗き込んでも車内に二人はいなかった。
 そして傍にはフロント部がへこんだ状態で乗り捨てられたトラック。
 荷台には「△△フーズ」と書かれているところを見ると、どうやら配達用のトラックのようだ。
 こちらも、なぜか運転手は見当たらない。
 このトラックの真下に割れたリアガラスの破片が落ちていたことから、どうやら路肩に寄せて停まっていたところを後方からトラックに追突され、そのまま電柱のところまで弾き飛ばされたようだ。
(やられたッ…!)
 真夏は、ここでも唇を噛んだ。
 おそらく山崎と北野の二人は車を路肩に停め、本部の真夏に無線を飛ばしながら、前方の倉庫の監視に夢中になっていたに違いない。
 そこに不意打ちで後ろからトラックが追突。
 仮に、迫り来るトラックに寸前で気付いたとしても、気が動転し、とっさに急発進して回避することは出来なかった筈だ。
 そう考えれば、無線の最後の山崎の小さな悲鳴と衝撃音も説明がつく。
 すぐに真夏は、追突したトラックのナンバープレートを照会し、まず、そのトラックの所有者を調べた。
 それから数分後。
 真夏の不安は的中した。
 このトラックは、今朝、川崎市内で盗まれたものだった。
 盗んだのも、追突したのも、すべて花田組の組員の仕業に決まっている。
 真夏たちは、用心しながら倉庫に踏み込んだ。
 しかし既に倉庫はもぬけの殻、花田組の人間も、山崎と北野の二人も見当たらない。
 見つかったのは、隅に捨てられていた二人の携帯電話だけである。
 おそらく位置情報から足がつくのを懸念して捨てていったに違いない。
 ということは、すなわち、二人は何者かに拉致されたという結論に至る。
 トラックに追突され、気絶した二人を車から下ろし、別の車に積み込んで拉致していったに違いない。
 今から非常線を張っても手遅れだろう。
 後を追おうにも、陽動作戦で捜査員を分散されて人手が足りない。
 まんまと一杯食わされてしまった。
 ヤツらは、ただおとなしくしているのではなく、息を潜めてまた新たな罠を練っていたのだ。
 そして、まんまと罠にかかった新たな獲物。
(二人が危ない…!)
 真夏は焦燥に駆られた。

鰹のたたき(塩) ( 2020/02/23(日) 14:08 )