2.罠
S市の廃病院。
山の麓にポツンと建ち、廃業してからも取り壊されずに残ったままの廃墟となっている。
夜には幽霊が出るという妙な噂の効果もあって近付く人はおらず、特に夜は一段と不気味だった。
二人は、臆することなく、そこに忍び込んだ。
廃墟というわりには、所々に補修や修繕の跡がある。
「幽霊の噂をいいことに、誰かが別の用途で住み着いていたのかもね」
と久保が小声で言った。
なるほど、確かに人の寄り付かない廃病院は、女を監禁するには絶好かもしれない。
(…!)
ふいに人の足音がしたので隠れる。
懐中電灯をちらつかせた見回りの男が通りがかったので、一旦やり過ごして背後から締め上げる。
「監禁場所は?」
「レ、レントゲン室…」
「はい、ご苦労様」
聞き出した後は殴りつけて気絶させる。
男が持っていた鍵の束を奪い、二人はレントゲン室を目指す。
(あった!)
札には確かに「レントゲン室」とあるが、その部屋は場違いな鉄扉で閉ざされている。
やはり、何者かが改修し、住み着いていたのだ。
持ってきた束の中から鍵を合わせ、その鉄扉を開ける。
中は薄暗い。が、備え付けのベッドが人の形に盛り上がっているのを見つけた。
(いた!)
動かないのは、どうやら眠らされているらしい。
「山下!」
梅澤は慌てて、その毛布をめくった。が、次の瞬間、顔色を変えた。
毛布の下に人の姿はなく、あったのはパンパンに膨らんだ風船だった。
(しまった!)
と思った時には、その風船は見事に破裂し、中に充満していたガスを、梅澤は避けきれずにモロに顔面に浴びてしまった。
「あっ…め、目が…!」
激しい痛みが走り、開けていられない。
「美波っ!」
慌てて史緒里が駆け寄る。が、飛散したガスに痛みを感じて、すぐに離れた。
(まさか、罠だったというの?)
耳を澄ますと、何やらドタドタと足音が聞こえる。
(まずい…!)
逃げようとするが、催涙ガスで視界を奪われた美波は立ち上がることもままならない。
「し、史緒里…逃げて…」
「そ、そんなことできないよ!」
「あなただけでも逃げて、このことを室長たちに…!」
「で、でも…」
「いいから早くっ!」
久保は、梅澤の語調に押され、苦渋の表情でその場から逃げ出した。
(美波、ごめん…必ず助けに来るから!)
……
捕らわれた美波が次に目を覚ました時には、両手両足を大の字に拘束され、その姿を男たちに見下ろされていた。
「気がついたか、女スパイさん」
男の一人が声をかけ、
「残念だったな。あんな古典的な罠にかかるとは、お前もまだまだ女スパイとしては未熟だなぁ?」
「くっ…!」
美波は男を睨みつけ、暴れようとするが、手足を固める拘束具はびくともしない。
「さて、お前さんが何の目的で潜り込んできたのか、教えてもらおうか」
「ふん」
美波はそっぽを向いて見せたが、男はなぜか嬉しそうに笑って、
「いいねぇ。女スパイってのはそうこなくちゃ張り合いがない。強情な女ほど堕とし甲斐があるってもんだ」
「アンタたちに話すことは何もないわ」
「へっへっへ」
ふいに男がショットグラスを美波の目の前に突きつけた。
「な、何よ。それ…」
「これはな。ウチの組織が独自に開発した即効性の媚薬だよ」
「媚薬…?」
「これを女に飲ませれば性感が高まり、身体が体内から疼いてたまらなくなる。乳首はビンビン、マンコはグショグショになるぞ」
と男が下卑た笑いを見せると、さらに別の男が、
「つい先日も、歌舞伎町の店の方に忍び込んだバカな女スパイがいたが、そいつもこの薬の前には手も足も出なかったよ。確か山下とかいったかな?」
(山下っ…!)
「なかなかいい女だったから、そのまま変態オヤジ向けのパーティーでデビューさせてやった。おかげで大盛況、大儲けだよ。くっくっく」
「こ、このクズども…!」
「クズで結構。お前さんはそうはならないように、せいぜい頑張るんだな。ほら、口を開けろ。お前も飲むんだよ」
「や、やめろ!離せ!」
男たちが美波の頭を押さえつける。
「へっへっへ。いったい何者かは知らねぇが、女の分際で俺たちにちょっかいをかけたらどうなるか、たっぷり思い知らせてやるぜ!」
(つづく)