乃木坂抗争 ― 辱しめられた女たちの記録 ―





























































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第二部 第四章・清宮レイの場合
1.怒りと悲しみのタッグ
 桜井玲香は打ちのめされていた。
 とうとう盟友の中田花奈までやられてしまった。
 どうやら一人になったところに鮫島の奇襲を受けたらしい。
 玲香は、その寸前まで一緒にいただけに、その場を離れたことを悔やんでいた。
 秋元真夏は、そんな玲香に対し、
「だけど、もし、その場に残っていたら、玲香も一緒に捕まっていたかもしれない。花奈には気の毒だけど、玲香だけでも難を逃れたことを不幸中の幸いだと思わないと━」
「でも、ヤツらの一番のターゲットは私。花奈は私の身代わりになった。それなら、いっそ、花奈の代わりに私が…」
「ダメっ!」
 真夏は諭すように、
「この抗争において、玲香はこちらの大将なのよ?玲香がやられることは、すなわち、私たち全員、この組織全体の敗北を意味する。それでもいいの?」
「━━━」
「だから私たちは、皆、仮に自らが犠牲になっても玲香だけは守る使命と覚悟を持っている。落ち込んでいるヒマなんてない。花奈のぶんも戦わなきゃ!」
 酷な言い分だが、言い得て妙、それが現実だった。


 玲香は憔悴する身体を奮い立たせ、鮫島の後ろ楯になっている花田組のことを知るため、警察庁の暴力団対策課に協力を仰いだ。
 取り合ってくれたのは高山一実、玲香がまだ警察庁にいた時から顔見知りの仲だ。
 二人は、庁舎の近くの喫茶店で会った。
 再会の挨拶も程々に、玲香は席につくなり急き込んで、
「電話でも言った通り、花田組のことを知りたいんだけど━」
「分かってる。ちゃんと持ってきたよ」
 そう言って高山は、花田組の組長、花田肇の写真を見せてくれた。
 歌舞伎町を闊歩しているところを望遠レンズで撮影したものだ。
 恰幅のいい強面の男で、いかにもワルという感じが出ている。
 花田組は、この花田肇がワンマンで仕切る暴力団だ。
 縄張りは歌舞伎町界隈。
 都内の他の組に比べると数では劣るが、組長の花田の顔が広く、その点は他の組も一目置いているという。
 高山は、そんな説明をして、
「…で、その花田組とやりあうことになるかもしれないってワケ?」
「もしかしたら、ね」
 お返しに、玲香も、これまでの経緯を話した。
 心が痛む部分も多い、繰り返し何度もしたくはない話だった。
 聞き終わると、高山は急に身を乗り出して、
「なるほど。これで繋がったかもしれない!」
「繋がった…?」
「花田組については、私も、最近、何やら妙な動きをしていると思ってた。やっぱり“アレ”は花田組の仕業だったんだ…!」
「アレ?…何かあったの?」
「実は、ウチの課じゃないんだけど、こないだ、西野七瀬が襲われたの」
「七瀬が…?」
 玲香は、その女捜査官、西野七瀬とも面識があったが、そんな話は初耳だし、そのショックで精神を病んで、先日、退職したということも、今、初めて聞かされた。
「信じられないわ」
「でも、事実なの。それに、その襲われた現場の近くで花田組の車が目撃されたという話もある」
「それでどうしたの?」
「もちろん、いの一番に花田に会って問い詰めたよ。でも、自分は組員にそんな指示は出していない。その組員の独断でそれについては自身も迷惑している。と言い張り、知らないところで起きたことの始末までは取れないの一点張り」
「その問題の組員については?」
「勝手に組を抜けて、今、どこにいるかも分からない。恩を仇で返すようなヤツは探す気にもならない。…だって」
「それを信用したの?」
「まさか。あんな男の言うこと、信用するワケないでしょ。ただ、花田組が七瀬を襲う理由が分からなくて、それ以上、突っ込めなかった。でも、今の玲香の話を聞いて、繋がったかもしれない」
 高山は目を輝かせ、同時に、
「許せない!」
 と憤った。
 高山は、やられた西野と仲が良かったから尚更だろう。
 玲香は、それも自分に責任の一端があるのではないかと思い、沈痛な表情を見せたが、高山はそこは何も言わず、
「それじゃあ、要は、その鮫島って男が花田組を味方につけて動かしているってことね?」
「そうだと思う。だから一実も気をつけてほしい。あなたも“捜査官”である以上、標的にされる可能性は充分にある」
「分かった。ありがとう」
 二人は情報を交換し、今後も密に連絡を取っていくことを約束した。
 ともに親友を慰み物にされ、怒りに燃える二人のタッグだった。

 ……

 一方その頃。
 花田組の組長、花田肇は、笑いが止まらなかった。
 舎弟の鮫島と交わしたギブアンドテイク、組員を貸してやるかわりに手にかけた捜査官とのカラミをビデオに収めて持ってくること。
 約束通り、これまでに三本、鮫島からビデオを預かっている。

・警察庁特殊犯罪対策課 捜査官 西野 七瀬
・独立組織「乃木坂46」 捜査官 堀 未央奈
・独立組織「乃木坂46」 捜査官 中田 花奈

 これら、現役捜査官の無修正ビデオは三本とも裏に流れ、どれも破格の高値がついて取引された。
 それで得た収入は既に小遣いの域を超えている。
 そして、ある時、花田は、懇意にしている金主から、
「前の女も良かったが、次は、もう少し若い小娘で一本、撮ってくれんか?」
 と頼みを受けた。
「もし撮れたら、ゼロを一つ増やしてでも買わせてもらうよ」
 という言葉に釣られ、花田は、すぐに鮫島に連絡を取った。
 注文を伝え、
「どうだ?できそうか?」
「…ええ、任せてください。期待に沿うものを持っていきますよ」
「自信満々だな。何かアテでもあるのか?」
 と花田が聞くと、電話口で鮫島は嬉しそうに笑い、
「実は、一つ、前々から“仕掛け”をしていたことがあるんですよ。それを使う時が来たと思ったら、つい、ニヤけちまって」
「…よく分からんが、まぁ、うまくやってくれや」
 花田は、そう言って電話を切った。

鰹のたたき(塩) ( 2019/12/27(金) 21:39 )