第一章
不思議な敗北
激しく息を切らし、肩で呼吸する女。
それに対し、学ランのポケットに手を入れたまま余裕の表情を浮かべる勇人。

「そろそろ終わりにするか?」

「ハァ…ハァ……ふざけやがって……!」

物凄い速さでかつ連続で繰り出される女の拳。
だが、それを勇人はいとも簡単に避ける。

この寒さと相手の余裕さ。
女の体力を奪うにはこの2つは十分過ぎていた。

「お前も相手の強さが分からない程、バカじゃないはずだ。
このまま続けたって俺には勝てない」

「黙れ! 私が負けるわけねぇんだよ!」

疲労が溜まり始める体に今、出せる最大の力を込めて左足で踏み込む。
そして、全力で右の拳を放つ。

「おっと。悪くない攻撃だ。でも、まだまだだな。
これで終わりにしよう」

右肩を反らして拳を避けた勇人はそのまま左足を軸に右足で女の腹部に回し蹴りを決めた。

くの字に折れる体。
全身に閃光のように駆け抜ける痛み。
足で踏ん張ろうとしても何?bも飛ばされる。

女は足に力を込めて止まり、左手で腹を押さえながらもその目は勇人を睨んでいた。

「もう、これ以上続ける意味は無い。
自分の負けを認める事も成長だ」

彼の言葉を聞いた女は唇を噛み、悔しさを滲ませる。
そして、言い返した。

「負けた……私の負けだ。
さっきの事は無かった事で良い」

「おう、ありがとよ。あ、そうだ。お前、名前は?
あ、人に名前を聞くときは自分から名乗るべきか。
俺は内勇人。覚えておいてくれ。
きっと、これから何度か聞くだろうからな」

「私は大島優子。別にお前の名前なんかどうでもいい。
いつか、お前に私は勝ってみせる」

優子の言葉に勇人は微笑む。
そして、学ランの胸ポケットから手帳を取り出した。

「お前さぁ、この学校に入れ。これが俺が勝った場合の条件だ」

「馬路須加学園? どこだそれ?
まぁ、良いや。負けたら言うこと聞くって条件だからな。
分かったよ、内勇人」

「ハッ、フルネームかよ。勇人で良いよ、勇人で。
その代わり、俺はお前の事優子って呼ばせてもらうから」
「おい、勇人。これから学校に入る奴がお前を呼び捨てっていうのは……」
「良いんだって。コイツは。
じゃあ、優子。またいつかな」

「優子って呼ぶんじゃねぇよ!」

優子の言葉を聞いた勇人は高らかに笑いながら手を振って去っていった。
優子はなぜか、負けたというのにその相手の姿を見て笑っている自分が不思議だった。
そして、その感覚がどこか嫌いじゃない自分がいることも不思議だった。
でも、負けが嫌いじゃなくなったわけじゃない。
今まで、ケンカで負けた事の無かった彼女にとって自分より強い存在がいる事は未体験だったのだ。

そしてこの時、彼女はこれまで自分が味わった事の無い感覚をこれからたくさん経験する事に気づいていなかった。

別名 ( 2013/11/03(日) 18:38 )