アシタハ、ハレルヨ
1.アシタ、ハレルヨ
01

 いつもと違うことをすると、妙に胸が高鳴る。これはきっと長風呂による火照りではない。何か新しい展開が待っているという期待感と、裏切られるかもというほんのちょっとの不安感が上手に混ざりあって、身体の芯から熱が湧き上がっているのだ──そんなクサい台詞(せりふ)がつらつらと出てくるほどに、私の頭はすでに沸いてしまっているのかもしれない。

「お、ミク。ようやく風呂から上がったか」

 ドライヤーを手にし、いざ使おうというタイミングで、洗面所の鏡に映った兄と目が合う。

「ようやく、って。今日はそんなに長くなかったでしょ?」

 反転した前髪がつくる拍子抜けした兄の表情に、反論をぶつける。その言葉は鏡面から自身にもはね返り、自然と自省を(うなが)す結果になった。
 いつもはスマホを風呂場に持ち込んで、湯船にゆっくりと浸かっている。そのスマホを、家族の誰にも見えるようにわざわざリビングに置いてきたのだ。今日に限っては入浴時間が1時間越えなんてあり得ない、長湯する理由なんて何も無かったのだ。長くても……そう、きっと30分くらいしか経っていないはず。

「じゃあ、後で時計でも見てみるんだな」

 先寝るぞー、という声は背中で聞き流し、すぐにドライヤーの電源を入れた。今日は寝るのが早いな、なんていう考えが浮かんではすぐに消えた。大きな機械音は外界のすべての存在感を消し去って、意識をゆっくりと内面に向けてくれる。
 入浴前にメッセージを送った。その相手と最後に連絡を取ったのは、どうやら今年の3月だったらしい。およそ半年ぶりになるのかという少しの驚きと、よく考えれば当然のことかという感情は、ほとんど同時に襲ってきたのを覚えている。

『明日、晴れるって。そっちは部活ある?』

 直感的な言葉だった。思いついた時には彼の名前をトーク一覧から探し、その文字列を打ち込んでは送信してしまっていた。よくわからないスタンプの上に表示された日付は、もともと近くはなかったはずの距離感を見事にカタチに表していて、何とも言えない気分を今も引きずっているのがわかる。
 久しぶり、から始めるべきだったかも。あまりにも唐突で、意図が読めなさすぎる。そもそも、相手がこの文を読んで自分のことをどう思うか想像しただけで、途端に恥ずかしくなってしまいそうだった。
 それでも、入浴前の私は送信取消のボタンを押さなかった。湯船の水面は何度叩いたのだろう。自分のしたことの正当性を確かめるように、波打ちぼやけた表情と決着のつかないにらめっこをしていた。こう着状態を許した制限時間のない試合に意味なんて到底ないことも、冷えてきた今の頭ならよくわかる。

 手櫛(てぐし)は未だ髪の湿り気を感じていた。温風から冷風に切り替えると、心地よさに揺らされる。鏡の奥で染められていない黒髪を()く自分に焦点が合った。あの頃も同じような感情を抱いていたっけ。中3の終わりに肩のラインまで切ってから、1年半でまた随分と伸びたようだ。
 生乾きのまま、その場所を後にする。リビングの明かりだけを頼りに薄暗い廊下を足早に抜けて、一目散に冷蔵庫へ向かった。最後の1本、フルーツ牛乳の瓶を一気に空にする。味わいと潤いを喉に残すことで、結果を見る覚悟を決めた。


 既に寝静まってしまったリビングは、長テーブルの上にぽつんと置かれたスマートフォンにスポットライトを当てているようだった。

 ホーム画面に時刻が映し出される。

 日付が変わるまで、残り1時間を切っていた。

 慣れた手つきで開いたメッセージアプリには、1件の通知がしっかりとついていた。

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■筆者メッセージ
ある程度書けたら、また別の場所に移そうかなーなんて考えています。リハビリ小説のつもりで書きますので、興味をもってくれる人がいるのならすごいなーなんていう軽い気持ちで。

ってか、私のことを知っている人はどれくらいいるのでしょうね?
ペンロウ ( 2021/09/21(火) 03:02 )