第1章「4月」
発見
ep.4 発見

「ーーこれをもちまして、私からの挨拶とさせていただきます」


上枝のスピーチが終わった。
内容は聞こえてないのは緊張しているからだろう。
新入生は長く感じたと思うけど、俺はとても短く感じた。

手にかいた汗が止まらない。
手に「人」を三回書いて飲み込んだけど、何か収まらない。
さらに三回も書いて、飲んだ。

そわそわして待っていると、上枝が帰ってきた。
立ってそわそわする俺を見た途端、上枝は走って来て、俺に抱きついた。
悪い気はしないけれど、今はダメだと思う。


「緊張したわー!」

「うん……わかったから離れて」

「……あ、ごめん! ほんまごめん!」


俺は上枝の肩を掴み、そして離した。
やり切ったような爽快な顔をする上枝がなんとなく羨ましい。
上枝は申し訳なさそうに舞台袖の椅子に座り、俺に拝むように手を合わせた。


「では続きまして、男子寮長の2年A組、阿部悠斗から、話があります」


途端に鼓動が早くなる。
俺は意を決して舞台中央に歩みを進めた。

パラパラとした拍手の中、寝てる奴もいる。
保護者や在校生、新入生に先生といった様々な人たちからの圧力が半端ではない。
ここにきて、原稿を忘れたことを思いだし、背中に冷や汗が流れた。


「えー、みなさん、ご入学おめでとうございます。ご紹介にあずかりました、男子寮長の阿部悠斗です」


うん、前置きはこれでいいかな。
何て話を続けようか、ここが問題だ。
俺は必死に頭を回転させた。


「みなさんには、それぞれ夢があると思います。その夢に向かって今、スタートラインに立ったところです」


我ながらよく出来ている。
今作ってるとは思えない出来だと思い、少し誇らしい。
そして、俺は新入生を見回した。
様々な人がいて、人間観察をするとおもしろいだろう。


「あっ。えー……」


一番前の列、中央に俺のことをしっかり見ている生徒がいた。
その視線に押し負け、少し言葉が出ない。


「えーと、入学までが戦いではありません。この狭き門をくぐったみなさんにとってここからが本当の戦いです。寮に入り、新たな生活に足を踏み入れ……」


この生徒、知っている。
その生徒からは目を背け、俺はスピーチを続けた。


「踏み入れるみなさんと私たちで一緒に歩んでいきましょう。ご静聴ありがとうございました」


俺は頭を下げ、そそくさと舞台袖に戻った。
上枝が笑顔で手を振っている。
安堵で緊張の糸が緩んだ俺も手を振りかえしながら、さっきの生徒のことを思った。

思い出した。
あの生徒、俺が知っているのも当然だ。

俺の祖父母の家が名古屋にあり、その隣に住む一個下の友達。
なかなか大人っぽい雰囲気を醸し出している、あいつ。

司会が再び口を開いた。


「では、次は新入生代表の2年A組松井珠理奈、壇上へ」


松井珠理奈。松井は俺の友達だが……
まさか、入学したとは思っていなかった。

四重奏 ( 2013/12/26(木) 17:25 )