第1章「4月」
舞台袖
ep.2 舞台袖

入学式の会場である体育館に行くと、もう椅子は並べられていた。
1クラス30人でA、B、Cの3クラスあるから90人分の新入生用と、在校生180人分の椅子、さらに多い保護者用の椅子、と綺麗に置かれている。
上枝も隣で


「ふゎー」


と変な声を出して固まっている。
俺たちも去年は新入生の立場だったのだと思い出した。

ふいに上枝が


「なぁ」


と俺の肩を叩いた。
俺の返事を待つことなく、上枝は俺の手を引いて新入生のある席に座らされた。
そのちょうど後ろの席に上枝が座る。


「悠斗の席と私の席はここやったなぁ」


感慨深そうな声をあげているけど、この席は俺の入学式の席じゃない。
俺の席はその一個右。
でも俺は適当に相槌を打って席を立った。
上枝が不満そうな顔をしながらつられて立ち上がる。
そんなことをしてる場合じゃないんだよ。
上枝の手を引き、急いで舞台袖に上がると、担当の先生が待っていた。
隣で生徒会長、大場美奈と副生徒会長で俺の姉のマリアが雑談している。


「原稿は考えてきたな?」


先生が睨みながらすごむ。
上枝は俺の後ろにちょっと隠れながら頷いた。
俺も焦りながら「はい」と言った。
遅刻してるわけでもないし、怒らなくてもいいじゃん。
脳内で悪態をつきながら、俺は姉を見た。
相変わらず大場さんを「チビ」呼ばわりして遊んでいる。
とても仲が良いんだなと改めて感じる。


「副生徒会長の話の後に男子寮長、女子寮長の順に話してもらうからな、用意しとけよ!」


そう言った先生はそのまま何処かへ歩き去って行った。
いちいち恐いのがしゃくに触る。
舞台袖の奥に移動しようとすると、姉ちゃんが俺の腕を掴んだ。


「あ、悠斗。みなるんイジリしようよ」

「大場さん、姉ちゃんのイジリをがんばって耐えてくださいね」


姉ちゃんの腕を振りほどき、上枝とともに袖にはけた。
無視された姉ちゃんは不服そうだが、追撃する気はないようで大場さんをイジって遊んでいる。

俺の後を歩く上枝が姉ちゃんや大場さんに会釈しているのは偉いと思う。
自由奔放な姉ちゃんとはまるで違う。
尊敬の念を抱かざるを得ない。

スピーチの原稿を見ようかな、と思って適当にポケットに手を突っ込む。
お、学ランの右ポケットにはない、と。
左ポケットに入れたんだろうと考え直し、ポケットに手を入れる。
む、ない。
ズボンのポケットは?
バタバタとポケットを裏返すも、出てくるものはない。
ある3文字が脳内を駆け巡る。


「忘れた……」

「何を忘れたん?」

「原稿」


上枝の目が見開いた。


「冗談やろ?」


と言いながら俺の肩を叩く。
しかし、上枝の問いに俺は首を横に振った。
上枝の手が止まる。


「あかんやん……」


と呟く上枝の隣で俺はただ呆然と立っていた。
それはこっちのセリフだ。
まずい。
在校生もかなりの数がいつの間にか席についていた。
時間も迫っている。
寮に戻って帰ってくる暇はないんだろうなぁ。

俺は思った。
なんとかなる、と。

呑気な姉とほぼ同じ性格であると言われる俺は、はたからだと呑気に見えるんだろうな。

俺は上枝に微笑んだ。


四重奏 ( 2013/12/21(土) 21:38 )