01
205号室の病室で西野七瀬はスケッチブックに絵を描いていた。記憶を頼りに主に動物の絵を描いている。時より少し変わったこの世界に存在しないオリジナルのキャラクターを描いたりもする。
七瀬は一日の大半を絵を描くことに費やしている。あとの時間は睡眠と入浴や食事である。
イヤホンを付け、スケッチブックを開いて鉛筆を握ったらそこはもう自分の世界だ。彼女は時より好きな曲の歌詞を口遊みながらひたすら鉛筆を走らせる。
できた。
しかし、彼女は完成した絵に目を止めることなく自分の未完成の世界を増やすようにまた鉛筆を動かしていく。
絵を描き始めて少し経った頃、ガラガラとドアを開ける音がした。ちょうど曲が変わる時だった。ノックもナシにドアを開けるのは彼しかいない。七瀬はスケッチブックを放り投げるように置き、ドアの方を向いた。ごくわずかにうっすらと見える大きな身体がゆっくりと近づいてくる。
「よお、体調はどうだ?」
彼の低い声と共にガサッとビニール袋を置く音がした。コンビニでスイーツを買ってきてくれたのだろう。
「私が悪いのは目だけって知ってるでしょ。他は人の倍くらい健康なんだから」
七瀬は事故に遭い両目のほとんどの視力を失った。今はうっすらとモザイクのような形で見える程度だ。
「そうだったな。今日はどんな絵を描いた?」
「今日はね、ジャーン」
彼に言われて七瀬は今日描いた絵を見せた。七瀬からスケッチブックを受け取ると、彼は「おおっ」と小さな歓声をあげた。
「相変わらず上手いな。視力2.0の俺の何倍も上手いよ」
「同じのばかり描いてるからだよ」
A 4のスケッチブックに毎日動物ばかりを何度も描いているから目が見えなくても大体の絵のバランスが分かってしまう。
七瀬の世界はどこまで歩いても同じ街並みが続いているのだ。
「今日はどこに連れてってくれるの?」
いや、少しだけ違った。彼が来る時はいつも外へ連れ出して少しだけ見慣れた世界を作り替えてくれる。
「ノープラン。着替えてから考えよう」