01
「ご飯できたよ」
キッチンから呼ぶ声にそっと体を起こし、振り返ると、七瀬が湯気の立った丼を持って微笑んでいた。
今日の夕飯は、うどんらしい。
七瀬は元々、うどんが好きで昼食、夕食関係なく我が家の食卓にはうどんが並ぶことが多い。安く済むからというのも一つだ。
いただきますと、掌を合わせてから静かにうどんを啜る彼女を見ていた。二人で食事をするとき、彼女はいつもしあわせそうに笑う。高級なお寿司や焼肉を食べているわけでもないのに、何がそこまで嬉しいのか、正直、僕にはよく分からない。
「どうしたの、食べないの?」
「……」
小さく首を傾げる七瀬が僕を見る。
美味しいよ、なんて言われなくても分かってるさ。僕の好物なんだから。
静かに夕飯を食べ始めると、七瀬のスマートフォンが鳴り出す。卓上テーブルに伝わる小さなバイブ音に小さく背筋が震えると、僕を見て笑う七瀬の声がした。
僕が七瀬を睨みつけても、彼女はちっとも気づかない。それどころか、頭を撫でたりなんかしてすぐに子ども扱いするんだ。僕の方が年上だって言うのに…。
「もしもし、うん。今は、テンとご飯食べてた、ね?」
電話口から聞こえてきたは一実の声だった。
今日の一実はやけに機嫌がいいな…。いつもなら挨拶だけして、終わるのにどうでもいい事まで話しかけてくる。七瀬と話すために電話をしたんだから七瀬と話せよと言ってやりたかったが、僕はあえて口には出さず、そっぽを向いた。
「ごめん、かずみん、テンね、今テレビ見てる」
『そっか。じゃあしょうがないね』
テレビの画面には麻衣が映っていた。
プールサイドで踊る彼女の笑顔は眩しいくらいに輝いていて、やっぱり彼女は可愛いんだと改めて思う。
七瀬たちの中で僕の推しメンは麻衣になっているらしい。僕が自分で言ったわけでもないのに、いつからそうなったのか…。みんなが遊びに来ると、テンの推しメンはまいやんだもんねと口を揃える。最初こそ否定していたけれど、彼女たちは聞く耳を持たずに、ほら、まいやんだよなんて画面の麻衣を指差す。
「テン、ずっとまいやん見てるよ」
『テンはまいやん推しだもんね』
はぁ、ため息が出る。
このくだりは何度も聞いてきたが二人は何にも分かっていない。確かに麻衣は可愛いが僕は麻衣推しでも何でもない。誰推しと聞かれれば、それはもちろん一人しかいないのに…。
テレビをずっと見ていると二人に笑われ続けられそうなのでテーブルから離れて、クッションの上で丸くなった。
満腹のせいだろうか、心地よい眠気がやってきた。