2―B 同居の始まり
私は今真剣にメモしている。なぜって、仕事を覚えるため。確かに簡単な作業だけどこういうのは基本が大事だからね。そんな時、入り口の扉が開いた。
「・・・来たか」
微かに清十郎さんが言葉を発した。多分、無意識だと思う。やって来た人物は清十郎さんの友達、橘 一平さん。雰囲気は肇くんとなんとなく似てる気がする。
「ねぇねぇ、祐希ちゃん」
「なんですか?」
カウンターに座った一平さんがコソっと私に話しかけてくれた。
「アイツと、セージと仲良くしてやってね」
驚いた。さっきまでゆるゆるな顔をしていた一平さんが急に凄い真剣な顔をしていた。
「アイツさ、普段『別に』とか『はいはい』とか、なんとなく冷めた感じだけど、昔はあんなんじゃなかったんだ」
「えっ、それって・・・」
耳打ちってほどじゃないけど、キッチンにいる清十郎さんに聞こえないような声で話した。
「色々あってさ、重いもん背負って生きてんだアイツ。自分から話すことはないだろうけど、時が来ればもしかしたらアイツの口から話してくれるかも知れないけどね」
「・・・・・・」
「だからさ、出来たらアイツと一緒にいる時は笑顔でいて欲しいんだ。・・・迷惑かな?」
「いえ、わかりました」
「ありがとね」
そう言って一平さんはまた最初のゆるゆるな笑顔に戻った。
「あっ、いじったりする分には全然OKだから」
さっきまでの重い話はどこ吹く風といったところで、カラカラ笑った。その後、一平さんは出されたコーヒーとサンドイッチを平らげ帰っていった。
九時になって店を閉めると、清十郎さんが食事を作ってくれると言う。普段は自分で作る派だけど、人に作ってもらうのってなんかいいよね。気分が乗ってきたので手伝うことにした。
「・・・へぇ」
横目で見ていた清十郎さんが声を洩らした。手際のよさに少し誉められた気がして調子に乗ってサラダまで作ってしまった。
食事中。清十郎さんにさっきの一平さんとの話しは何なのか聞かれた。とりあえず、はぐらかしたけど、大丈夫かな。
食後には部屋決めをした。といっても部屋は二つだけだったんだけどね。
まだ荷物が届いてないということで、清十郎さんがベットを貸してくれた。その時の台詞がめちゃくちゃ紳士っぽくて思わず固まってしまった。
一度ここの簡単な間取りを聞いた。まずは喫茶店の入り口。ここが私達の入り口でもある。その入り口を開けて中に入ると螺旋階段になっていて下に降りるとホールが広がる。
右手側にはカウンター、その右奥にキッチンがある。ご飯とかも基本ここで作ってるらしい。
左手側にはテーブルとソファが多数並んでいる。ソファの色は黒で統一、テーブルの色はカウンター含めてコゲ茶で統一されている。
真っ直ぐ奥に進むと左手に広めの部屋がある。そこは飲み会とかでたまに使われてるらしい。さらに右手には階段があり、そこを上がると扉が二つ。ここが私達の部屋になる。部屋は結構広く十畳くらいはある。
「ま、簡単に言うとこんな感じだな。・・・何か質問は?」
「トイレとお風呂は?」
「あぁ・・・トイレは俺の部屋の隣、風呂は二階だな」
「二階ってありましたっけ?」
「一階の廊下の突き当たりの左側に階段がある」
「見に行ってもいいですか?」
「いいけど少し驚くよ」
お風呂に何を驚くのか清十郎さんの言葉に疑問を感じつつ階段を上がる。
風呂場の扉を開くと確かに驚いた。風呂場の天井が無い。
「周りに高いビルも無いし、見られる心配はないな」
風呂場の天井は一面の天窓になっていて露天風呂みたいな感じになっていた。
「・・・・・・」
「どうした?」
黙り込んだ私の隣に清十郎さんが並んだ。
「綺麗」
見上げた夜空に星たちが輝いていた。
「湯船に浸かりながら見ると最高だな」
「すっごいじゃないですか! 毎日こんなお風呂に入れるなんて」
本当に感動した。久しぶりに。天然のプラネタリウムだよ、これ。凄すぎてテンションあがっちゃったよ。
そんな訳で早速入らせてもらうことにした。言ってた通りめっちゃ気持ちいい。ふと脱衣場を見るとビールの空き缶が。お風呂中にビールを飲むとはいい趣味してる。次は私も持って行こっと。
「お先でした」
お風呂から上がると清十郎さんはカウンターでパソコンとにらめっこしながら煙草を吸ってた。なんか絵になる。
「何してるんですか?」
「・・・べ」
「別に、は無しですよ」
「・・・・・・」
先読みしてそう言うと清十郎さんの手が一瞬止まった。
「今度、教育実習があってな。その内容の確認」
「へ〜、清十郎さんって教師目指してるんですか?」
「まあな。・・・それと」
パタンとパソコンを閉じた清十郎さんが初めてこちらを向いた。
「セージでいいぞ」
「え?」
「清十郎って長いし、誰もそう呼ばないからな。俺も違和感がある」
そう言えば、肇くんも一平さんもセージって呼んでた気がする。けど、私もそう呼んでいいってことは二人と並んだってことでいいのかな。・・・なんか嬉しいな。
「はい。じゃ、セージさん」
「ん?」
「実習の場所ってどこなんですか?」
「さぁな、まだ決まってないらしい」
「そうなんですね。じゃあ勉強でも教えて貰おっかな?」
「・・・暇ならな」
「やった。・・・あ、ついでにビール飲んでいいですか?」
「あぁ・・・・・・ん?」
プルタブを開けるとカシュッと小気味いい音が響いた。
「ぷはぁ、お風呂上がりはやっぱりこれで・・・あぁ! 私のビール」
「仮にも教師目指してる人の前で堂々と飲むなよな」
「まぁまぁ、そんな堅いこと言わずに・・・・・・よっ、ほっ」
セージさんが私のビールを取り上げた。必死になって手を伸ばすけど届かない。セージさんは185くらいで、私は150ちょっと。ジャンプをしても中々届かない。
「お願いしますよ、今日だけ見逃して下さい」
「はぁ・・・」
観念したのか私に缶を渡して自分も冷蔵庫から新しいビールを出してきた。
「それじゃ、私の引っ越し祝いに乾杯」
「・・・乾杯」
私が缶を突き出すとセージさんもため息を吐きながらもコツンと缶を合わせてくれた。でも、さすがに二本目は許してくれなかった。