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子どもたちの絵を一人ずつ見て回る。小さい子はどの子もみんな楽しそうだ。
そんな中、五年生の男の子だけがじっと自分の絵を見ながら渋い顔をしている。
二年生の頃からこの教室へ通っている洋太くんだ。
「どうしたん? 洋太くん」
声をかけると洋太くんはさりげなく自分の絵を隠した。最近、洋太くんが悩んでいることはなんとなく知っていた。今まで自由に描いてきた絵が学校や周りの大人たちから、あまり評価されていないことに気づいてしまったみたいだ。
「俺さ、絵ヘタだから」
私は洋太くんの隣に腰かけた。
「絵画教室に行ってないやつの方が上手いんだ。いっつも学校で褒められてるし」
洋太くんが小さく息を吐く。私はそんな洋太くんの頭に手を置き言った。
「私も絵、上手くないよ?」
洋太くんが顔を上げ、目を見開いた。
「ウソだ」
「ホンマやよ。私の学校には私より上手い人がたくさんおるもん。人と比べたら、私だって全然ヘタ」
それは本当のこと。自分の才能は自分が一番よく知っている。
「だからね、人と比べるのはやめたの。だって下手でも描きたいもん。絵描くの、好きやからね。それよりも私にしか描けない絵が描けるようになりたいって思ってるよ」
洋太くんがぼんやりと私の顔を見ている。
「洋太くんだって好きでしょ? 絵描くの」
ほんの小さく洋太が頷いた。
「洋太くんの描いた絵、見たいな?」
「あ、それはダメ!」
「えー、じゃあ、政江先生に・・・」
「慶治くんに見せるからいい」
思いがけない洋太くんの言葉に私の動きは止まった。
(慶治くん? 今、慶治くんって言うた?)
「慶治くん、いつも俺の絵、褒めてくれるから」
「え、でも、慶治くんはここにもうおらんよ?」
「俺、時々慶治くんに会って、絵見せてるよ? 七瀬ちゃんは会ってないの?」
(会ってない)
慶治くんがこの家を出て行った日から、一度も会っていない。
「日曜の午後、川原の土手に行けば会えるよ。鉄橋の近く。絵描いてんだ、慶治くん、あそこでいつも」
(そんな近くに?)
久しぶりに聞いた名前に胸がざわついた。だけど、そこに痛みはなくて、私はもう慶治くんのことは忘れた。なんて、なんとなくそんなふうに思っていた。