2章
11
――今日、お昼一緒に食べれるかな?――

――ごめん。約束があるから行けない――

 怜奈からそんなそっけないLINEを返され、七瀬は小さく息を吐く。怜奈とはあの日以来ずっと話をしていない。

(嫌われたんかな。友達になれたと思ったんやけど。きっと怜奈ちゃんにはもっと楽しく話ができる友達ができて、私なんかと付き合う必要はなくなったんや。私みたいな、なんの面白味のない子とは・・・)

 七瀬は一人ネガティブな思考を抱えたまま学食に行ってお昼を食べた。

 五月の眩しい日差しが広い部屋の中に差し込み、周りの人たちの顔つきまで明るくしている。

 別に一人でいるのは嫌いじゃなかった。友達を作るために、ここに来たわけじゃない。それに、美大の人たちは、一人で行動している人もたくさんいる。

 七瀬は学食で一人ランチしている人を数えながら、なんだか急に空しくなった。

(何してるんやろ、私)

 小さくため息を吐いた時、ふと気配を感じて顔を上げた。目の前の空席に、一人の女の人が腰かけるのが見えた。

「今日は一人なの?」

「え?」

「慶治と一緒じゃないの?」

 そう七瀬に話しかけてくるのは、あのデザイン科の先輩、佑美だった。

「慶治くんとは別になんにも」

「でも仲良さそうだったじゃない? 入学式も一緒に来てたし、この前だって一緒に帰ってたでしょ?」

 佑美の言う"この前"とはあの日のことだ。だけどあの日以来、七瀬は慶治と話もしていない。

「あれ? 若? 何やってんの?」

 トレーに食事を乗せた女の人たちがテーブルに集まってきた。

 なんとなく嫌な予感を察知した七瀬は早くこの場を立ち去りたいと思っていた。

「ああ、ほら、この子だよ。例のの子」

「あー、この子が?」

「ちょっと若、いじめちゃダメだって」

「まさか。そんなことするわけないじゃん」

 個性的な服装で明るい笑い声を立てる彼女たちは、そこにいるだけで目立っている。そんな彼女たちが来たせいで、このテーブルの周りが一気に花開いたみたいになった。

 そんな中、七瀬はどうしていいかわからずに、ただただ俯いていた。

 さっさとこの場を離れたいのに、知らない人たちに囲まれて、体が固まったように動けないでいた。


「七瀬!」

 そんな七瀬の耳に聞き覚えのある声がした。

「そんなとこで何してんの? ほら、行くよ!」

 ぐいっと腕をつかまれた。顔を上げると万理華が少し怒ったような顔で七瀬を見ていた。

「い、伊藤さん」

「ほら、立って。トレー持って」

「う、うん」

 ヨロヨロと立ち上がり、食事の終わったトレーを持った。周りの女の人たちが、クスクスと笑っているのがわかる。

「言っときますけど、この子に二度と絡まないでくれますか? 椎名さんとは本当に何にもないんですから。へんな噂とか立てられても迷惑なんです!」

 先輩である佑美たちを前に万理華は言い放った。怯むことなく、堂々と。
 
(カッコええなぁ・・・けど、私には無理や。絶対)

「行こう。七瀬」

「う、うん」

 さっさと歩き出す万理華の後を七瀬がついて行く。一度だけ振り返ると、佑美が睨むようにこちらを見ていた。







「あの、伊藤さん?」

「万理華でいいよ。私も七瀬って呼ぶし」

「えっと、じゃあ万理華、ちゃん?」

 後ろ向きの万理華がため息を吐き振り返った。

「あなたねぇ、そんなおどおどしてるから、あんな人たちに絡まれるんだよ? 言いたいことは、はっきり言わなきゃダメ!」

「は、はい。ごめんなさい」

「私に謝ってどうするのよ。もう、ホント・・・あんたみたいな子見てるとイライラする」

 万理華の言い分は七瀬にもよく分かった。七瀬自身もこんな性格にイライラするからだ。

「そんなんだから、椎名慶治にもからかわれるんだよ」

 そう言った万理華がぷいっと顔を背けた。

「そっか。・・・ただからかわれてるだけなんやね」

(私なんかの相手、本気でしてくれるわけない)

 思案に耽る七瀬に万理華がまた息を吐く。

「素直だね」

「え?」

「何でもないよ」

 万理華が背を向けて歩き出した。

「あ、待って」

 七瀬はトレーを片付けると慌てて万理華の後を追いかけた。万理華は学食を出ると振り返らずに歩き始めた。七瀬はその後を小走りでついて行く。

「あの、万理華ちゃん?」

 万理華は前を見たまま歩き続ける。

「万理華ちゃんは慶治くんと知り合い?」

 しばらく黙って歩いていた万理華は立ち止まって小さく呟いた。

「前も言ったけど、あいつは最低な男だから。本当に関わらないほうがいいよ。それと、ちゃんはいらないから」

「私、慶治くんのこと、まだ何も知らんから。よく分からん」

 政江は慶治を優しくていい子だと言う。だが、万理華は最低な男だと言う。

(どっちがホンマの彼なんやろ)

 黙り込んだ七瀬に向かい、万理華が呟く。

「じゃ、きっとそのうち分かるよ」

 すっと背筋を伸ばし、歩き始めた万理華の後を七瀬はまた追いかけるようについて行った。


 万理華はその日ずっと七瀬と一緒いた。また嫌われてしまうかも、なんて七瀬は思ったりもしたけど、どうやら万理華はそうではなかったらしく、時々七瀬に話しかけてくれた。

 万理華は余計なことは話さない。だけど言っていることは筋が通っていて納得できる。

 他の子たちと比べるとすごく落ち着いていて安心でき、万理華と一緒にいると、七瀬は心地よく過ごせた。


「何かあったら連絡して」

 その日の終わり、万理華にそう言われて二人は連絡先を交換した。


 万理華は都内の実家から通っているそうだ。美大に入学したのは、美術教師をしていた幼なじみの影響だと話してくれた。

 二人は大学の門で手を振って別れた。顔を上げると夕暮れの空に、橙色の雲がどこまでも続いていて、七瀬は明日も頑張ろうという気持ちになれた。





鶉親方 ( 2017/09/30(土) 23:35 )