03
何十分か漕ぎ続けたところで、二人は目的地近くの民家が疎らに建つ河原へと辿り着いた。目指す桜はもう少し遠くの方にあるのだが目を薄めれば存在を確認できた。
「聡志くん・・・あれ」
少女は驚いた様子で少年の名を呼ぶ。聡志はまた自転車の漕ぐ足を速めた。二人がまだ幼かった頃にこの河原に沿って全速力で自転車を走らせるよりも速く、近づくたび薄い桃色の花ビラが風に舞って吹きかかってきた。
ふうっと一息吐き、ここまで止めることのなかった足を止め、聡志は自転車から降りた。
「友香、大丈夫か?」
それから少女、友香の手を取る。並んで立った姿は昔とさほど変わらなかった身長は聡志が友香の頭一つ分ほど大きく、がっしりとした体つきで友香は聡志より小さく華奢だった。
「そういえば二月も終わりだね」
「もう、三月か」
大きな桜の木に桃色の花がポツポツと咲いていた。自然と手を繋いで歩き、木の下に座り込む。その雰囲気から冷風さえも春の暖かな風へ変わった気もする。
「初めて会ったのも確かここだったよね」
繋がれた手は離れることなく、握る力が込められた。聡志は瞼を閉じ、ゆっくりと当時のことを思い出す。
10歳になったばかりの聡志は、誕生日プレゼントで新しく買って貰った自転車で今まで行った事のない少し遠くのこの河原まで来た。季節は三月に入ったばかりのまだ肌寒い初春だった。
とりあえず満開に咲いている桜の木まで行こうと決めて自転車を走らせた。やっと着いたとこで、木の下に蹲っている女の子の存在に気がついた。肩を震わせて泣いているようだ。
「大丈夫?」
聡志が近くに寄って声を掛けると女の子が顔をあげる。
それが聡志の初恋だった。そして、その恋は今だに続いている。とにかくその女の子に惹かれていた。名前も何も聞く前にその子は、父親らしき人に手を引かれて行ってしまった。すがる様な目で聡志を見つめながら。
父親らしき人はとても高そうな車に乗り込む前に笑顔で軽く聡志に会釈し、やや強引に女の子を車に乗せた。
(あの議員の子だったのか)
去っていく車の後姿を見送りながらボンヤリと考えた。父親らしき人物は町で圧倒的に支持されている地元議員で子供の聡志でも知っていた。その議員には体の弱い友香という娘がいるということも有名な話だった。
子供ながら急に身分の違いみたいなものを感じたりもしたが、どうしてもまた会いたいと聡志は思った。聡志にはあの目が気になっていた。何より一目惚れだけど好きになったから。本当に惹かれていたのは、あまりにも綺麗な満開の桜だったのかもしれないが。