春風と珈琲と
01 1話
 窓の外を流れる土の香りを乗せた風が開け放たれた窓から吹き込み、ユラユラもカーテンを揺らしていく。

 少し埃が舞う生徒指導室の中、同じように埃を被っている何かの資料らしきファイルが入った書庫と、壁に立て掛けられたパイプ椅子。他にも色々とあるが俺にはガラクタにしか見えないものばかりだ。半年ほど前は人の出入りが激しかったこの部屋も、今はその役目を終えた老兵が如く身体を休め、また活躍の日を夢見て眠る。

 などとぼんやりと思考の海にいた俺の頬を撫でる風に音をたてて捲れていく教科書。真っ白なノートの半分を埋める黒い文字の横に、綺麗な赤いペンで書かれた文字。少し癖のあるその文字を指でなぞると、自然とため息がもれてきた。それと同時に感じる目頭を刺激する”もの”を軽く拭い、窓の外に視線を向ける。

 春の風。心地よい温もりを届ける風。

 その風に乗って、届けてほしい。俺の張り裂けそうなこの気持ちを。


「どうしたの?」

 俺の意識を急激に覚醒させる声と顔を覗き込む優しげな瞳。艶やかなルージュに彩られた唇から紡がれる言葉が鼓膜を震わせ、脳内を駆け巡る。

 ふわりと揺れている涼やかな風を感じさせる黒髪をかき上げる仕草に、暫しばし見惚れていた。

「手が止まってるけど、分からないところでもある?」

「え、あ、いえっ」

 透き通る小川のような声を耳元で感じながら、俺は心臓が早鐘のように鳴り響くのを止めようと必死だった。

「それじゃ、ぼーっとしたら駄目じゃない」

 こつん、と俺の頭を小突き、笑みを浮かべている先生。その笑みを見ると、心の奥から沸き起こる欲望に身を委ねそうになってしまう。

「それじゃ、この問題の続きをやってね」

「・・・はい」

 髪の毛を小指に絡めるようにして動かし、ゆっくりとかき上げていく仕草にまた心が動く。白く透き通った肌が春の陽気で少し熱を帯びたのか、ほのかに桜色に染まっている。そんな綺麗な桜色の頬に吸い付きたいと思う俺はおかしいのだろうか。でも、本当にそんな事をしたらきっと嫌われるだろうな。

深川麻衣

 それが先生の名前。俺の大好きな先生の名前。

「先生、この問題なんですけど」

「ん? どれ?」

 真剣な目を向けて俺の手元を覗く先生だが、少し考えるような素振りで俺を見た。

「これはさっきも教えたでしょ。もう、ちゃん聞いてなかったの? 雪村くん」

 少し頬を膨らませて俺を睨む。けど、怖いとは少しも思わない。

 歳は俺よりも六つ上。今年で24歳になる女性がするような表情ではなく、寧むしろ子供のような可愛らしさがある表情。先生の言動はどっちが歳下なのかたまに分からなくなることがある。



■筆者メッセージ
はい、また短篇に戻ります。

よろしくお願いします。
鶉親方 ( 2017/08/09(水) 00:51 )