05
喫茶店を出ると自宅へ帰るために樹と並んで歩きだした。
「ねぇ、眞衣ちゃん。惚れちゃった?」
樹にそう尋ねられ眞衣の胸が変な鼓動を打った。
「な、何が?」
「マスターのこと、好きになった?」
何だマスターか。
そう思って、眞衣は戸惑った。あの時間で桜庭以外に惚れるような相手がどこにいたというのか。
「眞衣ちゃんって惚れっぽいじゃん。さっきもマスターに顔覗きこまれて赤くなってたしさ」
どこか拗ねた調子の樹を見ていると、眞衣はおかしくなってきた。
「なーに、お姉ちゃんとられたくないの?」
「ばっ、そ、そんなことねぇし。ばか」
慌てた様子の樹が可愛く思えて、今度は笑い声を上げた。
「やーね。昨日振られたばっかで、そんなすぐに惚れたりしないわよ」
「ふーん。どうだかね。ま、それならいいけどさ。美月にもさんざんあの女誰って聞かれたし」
「何それ。そんな話してたの?」
驚きと困惑が眞衣の心を支配した。
どうして、急にこんな暗い気分になるのだろう。
それはきっと、樹が美月の話をしたからだろう。先ほど、樹にはお姉ちゃんをとられたくないのかと聞いたが、自分の方こそ弟分の樹を取られたくないと思っているのではないか。そう気づいてしまった。
「どうかした?」
不意に樹に声をかけられ、顔を上げる。初めて会ったときは眞衣よりもずっと背が低かったのに、今は見上げるほどに高くなっている。
――大きくなったら、お姉ちゃんと結婚する――
そんなことを言っていた樹はもういない。
大きくなったのよね。
もう、大学生だもんね。
眞衣は樹から眼を逸らした。
「どうもしないよ。きっと彼女。えっと美月さん? 私に嫉妬したのよ」
「あー。そうかも。なんせラブラブだし」
笑いを含んだ声でそう言われ、眞衣はより一層暗い気分に落ち込むのだった。