Sweet Week 〜君との一週間〜
07 Sunday 〜君といる部屋〜
 貴重な休日。気付けば半日が過ぎようとしていた。約2日洗っていない小汚いスエットからラフな格好に着替え、夕方になった頃、外にぼんやりと出た。向かう先は近所のスーパーだ。彼女もおらず、一人暮らしも慣れてくると、料理の腕前がめきめきと上達してくるのがわかって、嫌気がさす。主夫の人生はできれば歩みたくないものだ。


「ねぇ、修介。夕飯どうしよっか?」

「なんでもいいよ」

「もー、それが一番困るの」

「だってよ、玲香の作るのなら何だって美味いだろ?」

「・・・バカ」



 庶民的なスーパーの野菜売場にて、鳥肌全開のカップルのクソみたいな会話を聞き流しながら早足で通り過ぎた。独り身の俺は今夜の夕飯の材料をやけくそ気味にカゴへ放り込んでいく。お菓子などの甘いものはいくらでも食べられるが、甘い恋人同士のイチャイチャっぷりは食えたモンじゃない。それなら、腐りかけのミカンでも食べて腹を下すほうがよっぽどマシである。



 ほどよく膨らんだエコバッグをぶら下げ、夕暮れの帰り道を歩く。他人の家に咲いていた金木犀の花が控えめにそっと、俺の足元に着地した。

(そういえば)

 昨夜は彼女が奏でる不器用な音色は聞こえてこなかったことを思い出した。



 その時である。前方から猪の如く一心不乱にこちらに向かって走ってくるボサボサ髪のリクルートスーツ女を視界に捉えてしまった。

 間違いなくあれは、お隣さんだ。



「神様のバッカヤローー!」


 青春くさいセリフを大声で叫びだした彼女は、そのまま俺の目の前を風のように通りすぎ、華麗にすっ転んだ。両手に提げていたビニール袋の中身が好き放題に彼女の周りを取り囲んでいる。顔面をコンクリートにぴったりとくっつけたまま微動だにしないお隣さんの前にしゃがみこみ、話し掛けてみた。


「おーい、生きてますかー」

「・・・生きる意味ってなんなんでしょうか」

「うん。それは俺も神様に聞いてみたいね」

「そうですか」

「うん」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・そうだ! うん、じゃあ今から鍋でもしよう! 丁度ここに鍋の材料もあるしな! 俺もひとり鍋は淋しいと思ってたところだし。どう?」

「・・・・・・」

「生きる意味ってのについても考えながら、鍋パーティーでもしよっか」


 どんよりとした空気から察するに、どうやら今日も振られてきた帰りらしい彼女に、控えめにそして焦りながらも提案してみた。ストッキングが伝線しているその膝小僧に滲む赤黒い血をそのままに、彼女はゆらりと起き上がった。ポニーテールは崩れ、髪の毛はグシャグシャ。顔も化粧が崩れてボロボロ。お隣さんは得意気な笑みをにやりと見せた。


「私、白菜切るの上手いんですよ」

「よーし、決まりな」


 潰れかけた肉まんたちが入った袋を片方持つ俺の腕をすぐに掴み、「ひとりで持てますから」と言って、ひょいと自分で抱え直す強がりなお隣さんの横を歩く。俺もこんな風にがむしゃらに生きてみたいものだと切に願った。




「ていうかさ、この大量の肉まん一人で食うつもりだったの?」

「この程度は余裕ですよ。あ、ピザまんとカレーまんもありますよ」

「なんであんまんがないのさ?」

「私、甘いもの苦手なんですよ。特に餡子とか生クリームとか、見ただけで吐き気がする」

「へぇ。・・・あれ? じゃ、この間俺があげたロールケーキは」

「おいしく頂きましたよ。でも次は甘くないものを頂けると嬉しいです」

「覚えとくよ」




 アパートの前の自販機にふらりと立ち止まった彼女は、無抵抗な自販機に向かってがつんと蹴りを入れ、ふふふと不敵に笑った。でも、目は笑っていないことに気付いた。後ろからそろりと覗いてみるとコーラが売り切れだった。



「この自販機って常にコーラが売り切れなんですよね」

「だからって、蹴り入れなくても」

「で、なんでオニーサンは迷いなく"おしるこ"のボタンを押してるんですか」

「イライラする時は甘いものがいいらしいよ。はい、あげる」

「・・・どうもです」


 おしるこの缶をお隣さん頭に置いてやろうとしたが止めた。あの蹴りがこっちに来ないとも限らない。


「それより、オニーサン」

「ん?」

「今日は眼鏡なんですね」

「ま、休みだしね」

「へぇ・・・それだけですか?」

「それだけだよ」

「そう言うことにしておきましょう」


 自分の家の金木犀の甘い匂いをくぐり抜け、玄関を開ける。興味津々に家の中を覗きこむ彼女の黒髪の毛先がやわらかく揺れた。自然と視線がかち合って、お互い笑い合う。


「なんか、俺たち前にもどこかで会ったような気がしない?」

「そりゃそうですよ。こんな近所に住んでるんですから、すれ違わないことの方があり得ないですよ」

「いや、そうじゃなくてさ」

「どうだっていいじゃないですか。今こうやって偶然会って話してるんですから」

「そっか」

「そうです」



 彼女の黒い鞄からちょこんと顔を出したリコーダーと、俺のエコバッグからひょろりと顔を出している長ネギが可笑しそうに寄り添いながら、くすくすと笑った。



鶉親方 ( 2017/09/17(日) 23:59 )