05 Friday 〜雨宿りの公園〜
まだ少し鼻声の俺は二日酔いの頭を抱えてしゃがみこんでいた。
会社から出てすぐに突然の大雨。もちろん天気予報のオネーサンを信じきった素直な俺が傘を持ち合わせているはずもなく、公園の休憩所にて、ずぶ濡れのまま雨宿り中である。折りたたみ傘ぐらい常備しときゃ良かったと今さらながら思ってしまう。
「女にでも振られましたか?」
頭上から聞こえてきた抑揚のない女の声。濡れた前髪を掻き上げながら顔を上げると、アニマル柄のスカーフを頭に巻き付けているリクルートスーツの女がずぶ濡れのまま突っ立っていた。よく見れば、昨日のリコーダー女だ。
声をかけられたほんの一瞬、傘を持った女の子が俺に声をかけてくれたと勘違いした自分がものすごく恥ずかしくなった。
「いや、ただの雨宿り中ですよ」
「そうなんですか、つまらないです」
「キミは俺に何を期待してたのかな?」
「失恋の悲しさは雨に濡れても消えないものですよ」
「いや、だから振られてないって言ってるでしょ。人の話聞いてる?」
「ジョークですよ」
「分かりにくいジョークは止めようよ」
リコーダー女。改め、お隣さんは黒髪を手でギュッギューッと絞りながら俺の隣にしゃがみこんだ。ずぶ濡れの男女が公園に2人きり。あまりロマンチックなシチュエーションではないことは確か。ここがもし洞窟だったらまた状況も変わってくるのかもしれない。
「私は今日も振られてしまいました・・・」
雨音にかき消されてしまいそうなほどのか細い声に視線をお隣さんの横顔に向けた。表情のない横顔は、地面に落ちていく雨をじっと見つめたまま動かない。真っ黒なリクルートスーツは雨に濡れて鎧のように重たそうに見える。
「今日で、何連敗中?」
「もうすぐ自分の歳を上回ります」
「今、いくつなの?」
「女性に聞きます?」
「ごめんね」
「今年で21になります」
「若いなー」
「オニーサンもまだまだ若く見えますよ」
「俺もまだ若いつもりだよ」
お隣さんは静かに瞳から溢れそうな小さな雨を拭って笑った。折りたたみ傘も、ハンカチも持っていない甲斐性ナシの俺は鞄から買いだめしておいたロールケーキを取り出し、お隣さんに渡した。
彼女のきょとんとした口元がゆっくりと緩んでいくのが分かった。
「ロールケーキですか」
「笑いすぎじゃない?」
「いえ、すいません。あまりにも意外すぎて」
「でも、そっちのほうがいいよ」
「え?」
「笑ってたら、雨も止んじゃうんじゃないかなーって思ってね」
「だといいですけどね」
再びアニマル柄のスカーフを頭に巻き付けているまぬけな格好をした彼女を見ていたら、なんだか俺まで笑えてきた。傘代わりなんですよ、と自慢げに話されるから余計に吹き出してしまう。
「オニーサンの分のスカーフもありますよ。巻いてあげますね」
「うん。花柄だね、コレ」
「わあ、似合いますね」
「だったら、もう少し感情込めて言ってくれないかな」
ファンシーな花柄のスカーフを頭に乗せられたまま苦笑いする俺の目の前に立ったお隣さんが、お揃いですねと笑う。雨はまだまだ止みそうにないけれど、雨宿りはそろそろお終いにしよう。花柄スカーフを乗せてゆっくりと立ち上がる。アニマル柄スカーフの彼女は俺の数歩先を歩いてから、ゆっくりと振り返る。声を出したのはほぼ同時だった。
「一緒に帰りませんか?」
雨に濡れた金木犀はしっとりとしていてどこか色っぽい。そして、雨音と共に聞こえてきたリコーダーの音色はいつもよりほんの少しだけ穏やかだった。
明日はどうか晴れますように。