意外
総一郎が会社に着いたのは昼過ぎのことだ。社員証を機械にタッチすると、自動ドアが面倒臭そうにゆっくりと開く。しかも、中にはいつもの活気が無い。彼は、他の社員が雪のために帰宅しているという最悪の事態を想定しながら、さらに奥のドアを開いた。
「遅すぎー!」
途端に聞こえる大声。総一郎は目を見開いた。
「ふぁ!? え、あ、高柳さん!?」
明音は総一郎の椅子に座って、くるくると回りながら足をバタかせている。というのも、この部屋には彼女と彼の二人だけだったのだ。
総一郎は明音を目の前にして、驚きの苦笑いと高揚感が入り混じって変な笑みを浮かべるしかなかった。
「明音さん、なんでここにいるんですか!?」
「明音さんって……何、名前呼んで。あと、あんたを待ってたの」
「あ、つい。すいません。ありがとうございます」
明音は困ったようにちょっと笑うと、総一郎を指差した。観念したかのように総一郎は上を向く。彼女は大きく息を吸って、不敵な笑みを浮かべると、彼の耳元で囁いた。
「なんかするべきだよね……」
総一郎の背筋がすっと伸びる。彼はハニカミながら明音を見た。
「あ、じゃ、牛丼奢りますよ!」
「牛丼かぁ。そうだなぁ、パスタとか食べたいなぁ……」
「あ、イタリアン、オススメありますよ!」
「それでよし!」
明音はスキップで廊下に躍り出た。財布を見た総一郎もその後を走って追いかける。
「高柳さん、待って下さいー!」
そんな叫びが唯一社内に残っていた警備員の耳に聞こえたという。