C 東雲
二十一曲目 〜RADIO! RADIO! RADIO!〜
 ある日、今野から直々に呼び出された晃汰は、身に覚えのない呼び出しに少し困惑した。メンバーと関係を持ったことなど…無いし、コンプライアンスに引っかかる事をやらかした覚えもない。晃汰は様々な思いを巡らせながらも、今野が待つ応接室のドアをノックした。

「こんな依頼が来てるんだ」

 ブラックコーヒーを傍に置いた今野は、一枚のFAX紙を目の前の晃汰に差し出す。わざわざ個室に呼んで渡す物だから、それが外部に漏れてはいけないのだろうと勝手な想像をしたが、内容を見て晃汰はたまげた。

「この僕にですか!?」

「そう、その僕にだよ」

 平然と首を縦に振る今野に、晃汰は正気を取り戻して欲しいとさえ思った。まさか自分が…そんな思いが身体中を駆け巡る。送られてきたプリントには、新内が担当するオールナイトニッポン(ANN)へ晃汰がゲスト出演という依頼が盛り込まれていた。

「受けたんですか!?」

 負の興奮が収まらない晃汰は、悠然と座る今野に突っかかる。

「受けたよ」

 話にならん、晃汰はお手上げ状態である。スタッフの域を超えてメンバーと同じ様な仕事をもらう事は、今に始まったことではなかった。だが、事もあろうに声だけの仕事をあっさりと引き受けてしまうとは、晃汰にとったら心の準備以前の話である。

「新内がいるんだから、大丈夫だよ。いつもの感じで話せばいいんだよ、ラジオなんて」

 今日だけは、今野の笑顔が晃汰には我慢ならなかった。だが与えられた仕事を全うすることに美学を感じている晃汰は、拒否する気もなく渋々納得したのだった。そしてすぐに、スケジュール帳の更新と新内への連絡を欠かさない。



 本番当日を迎えると、晃汰の緊張はいくらか和らいでいた。新内を含めラジオを経験したことのあるメンバーにアドバイスを貰い、不安を取り去ることができた為だ。ただ、全てが無くなったわけではなく、未知の仕事に対して幾らかの躊躇いはある。そんな心境を胸に晃汰は単身、日比谷へと夜の街を飛ばした。

 受付を済ませた晃汰は、あまり来ることのないラジオ局にキョロキョロしながらも、目当てのブースへと辿り着く。既に新内が放送ブース隣のスペースで寛いでおり、晃汰の入室に気づくなり右手を挙げた。

「緊張してる?」

 メガネをかけた新内は、初めての仕事に就く歳下の同僚を気遣う。道中で買ってきた缶コーヒーを開けた晃汰は、そんな新内と眼を合わせる。

「初めてなので、そりゃ緊張してますよ。でも、まいちゅんさんがリードしてくれると信じてるので」

 気にかけてくれる最年長に微笑むと、晃汰はすぐに台本に眼を落とす。放送中でも台本を見る事はできるのだが、予め進行の流れを頭に入れておいた方が良いとアドバイスを受けた為、雑談も程々に台本を読み込む。そんな晃汰の姿勢を初期の頃の自身と重ね合わせ、新内も台本を読み直すことにした。あの頃の自分を思い出させるキッカケをくれた年下に、新内は感謝した。


『…と言う訳で今夜は、もう殆どメンバーなんじゃないかなって言う、スタッフなのかな?この方に来ていただいていま〜す』

『乃木坂46専属ギタリストの丸山です、宜しくお願いしま〜す』

 お決まりの始まり方で、今夜も生放送がスタートする。放送開始までの時間を全て台本の熟読に費やしたおかげで、晃汰はリラックスして新内とのやり取りを楽しめている。対して最年長の方も、表の場では一緒になった事の無い年下と、いつもと違った感覚を楽しみながら話すことができていた。
 そしてリスナーからの便りに答えていくコーナー、ここでは晃汰の少し捻くれた物言いが遺憾なく発揮された。

『最近、仲が良いメンバーは誰ですか?エピソードも併せて教えてください!…となってますが、どうですか?私とは仲良いよね…?』

 一通目の便りを読み終え、新内は目線を画面から目の前に座る晃汰に移す。少し戯けたつもりだったが、彼の本音を聞いてみたくて新内はつい真剣な口調で晃汰に問うてしまった。

『これはなんの社交辞令でもないんですけど…』 

 晃汰は断りを入れてから本題に入る。

『仲悪い人はいないですよね、メンバースタッフ含めて…色んな人が証言されてますけど、家族以上の存在っていうかね、そんな感じなんですよ』

 事実を過大する訳でもなく、晃汰は自分が普段感じている事をそのまま電波に乗せる。

『それでも最近、真夏さんと…まぁ食事に行く機会が多いです。それも前もって予定してるとかじゃなく、キャプテンとスタッフって言う立場で打ち合わせしてて、それで終わって良い時間だからご飯食べて帰ろうかってなります』

 本当は居酒屋を梯子して秋元は日本酒、晃汰はウォッカを煽るのがパターンとなっているが、そこは乃木坂のイメージを崩さぬように晃汰は配慮した。成人なのだから問題はないが、アイドルである以上は隠すべき事柄として彼は認識していた。

『さて、続いての質問です。最近、新内さんがハマっている事はなんです?と、いただいてます。何ハマってるんですか?水の飲み比べですか?』

 ここで便りを読む係は、新内から晃汰にバトンタッチとなった。台本にもあったが、空気慣れてきた晃汰もそっち側になりたいと思っていた矢先のことだった。

『違うわ、でも最近てかずっと、水は多めに飲んでるよ?私といる時、結構水飲んでるイメージあると思うけど』

『確かに、水多く飲んでますよね』

 過去の新内を思い返して、思わず納得した。番組で水泥棒の異名を附された新内ではあるが、彼女がそれだけ水を飲んでいる事と相まっている。確かに人一倍天然水を口にしている光景を見ていたし、それの効果か年齢の割にはハリツヤのあるプロポーションを維持している。

 その後、交互にリスナーからの質問を受け答えて番組は終了した。始まる前はどうなる事かと思っていた晃汰ではあったが、終わってしまえばあっという間の生放送だった。緊張からの開放感よりかは、何か自身の成長を感じた達成感を覚える。

「お疲れ!良かったよ、晃汰」

 控え室に引き揚げた晃汰に、続いて引き揚げて来た新内が労いを入れる。晃汰は首を横に振って謙遜するが、新内はそれを更に否定して、同僚の初ラジオの出来を評価する。

「まだテレビで喋る方が楽ですよ。こんな大変な事やってるまいちゅんさんには、頭が上がりませんよ」

 それは社交辞令ではなく本音だった。ラジオでは声だけが手段となり、映像を通して発信するテレビとは大きく違った。そんな奥深さを体感した晃汰だったが、また何処かのタイミングで出演したいという願望が芽を出してしまった。

 帰り自宅を終えた晃汰は荷物を持ったまま、自販機の前でカフェオレを啜る。一仕事終えた後のカフェオレは格別で、普段から同じ物を飲んでいるのにまるで違った味に感じる。そんな晃汰に気付き、同じく帰り際の新内が遠くの廊下から彼に歩み寄る。

「なんかお腹空かない?」

 新内は晃汰の隣に佇むや否や、真夜中とは思えぬ悪魔の言葉を発する。

「空きました。どっか良いとこあります?」

 そんな晃汰も、悪魔の囁きにのってしまう。

「あるよ、良いとこ。じゃあ早く飲んで」

 新内は晃汰の右手に握られている缶を急かす。言いつけ通り晃汰は一気飲みで片付け、彼女を車へと案内した。

「何処でも大歓迎ですよ、まいちゅんさんとなら」

 少々語弊がある言い方ではあったが、晃汰はあまり機会のない新内とのツーショットに期待する。

「ほんと?じゃあ大人な所でもいいよね?」

 どういう真意で言ったかは分からなかったが、最年長の妖艶さを醸し出す新内に晃汰は嫌味のない期待をする。

「構わないですよ。まいちゅんさんこそ、この僕について来れるんですか?」

 思わぬ歳下からの挑発に、新内にも熱が入る。どうにかしてこの子生意気で可愛らしい歳下を黙らせてやりたい、在らん限りの記憶を辿って正当な大人の店を探す。

 果たして、新内は隠れ家のように地下にある会員制の居酒屋へと晃汰を誘導した。当初は呑むことの出来ない彼に気を遣って自分もソフトドリンクで済ませようと考えていたが、やはり晃汰の勧めでアルコールを注文した。限られた会員しか出入りすることができないこの店を、新内年長メンバーを連れてよく来ていた。店長とも顔馴染みとなり、サービスしてもらうことなどざらにある。

「今度またラジオ来た時、最近は新内さんと飲みに行ってます、って言われたくてさ」

 少し酒が入ると、新内は自ずと本音を溢した。先程生放送で晃汰が話していた事に対し、彼女はジェラシーを感じていたのだ。どいつもこいつも乙女かよ、晃汰は笑顔の裏で吐き捨ててはいたが、三十路近くにしても女を出してくる目の前の水泥棒を愛しく感じる。そして、それは自分に対しての戒めでもあった。メンバーと関係を持つのは白石が最初で最後だと、晃汰は自分に言い聞かせるように頭の中でリフレインさせた。その後二人は店が閉まる夜明けまで、お互いが日頃溜め込んでいた物をぶちまけ続けた。


■筆者メッセージ
なかなか出てこないまいちゅんを、今回は思い切ってメインディッシュで。
Zodiac ( 2020/05/25(月) 08:30 )