乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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C 東雲
十九曲目 〜いい加減にしてくれんか?〜
「珍しいね、勉強?」

 必死にノートに何かを書き込む晃汰の背中に、新しい髪型にしたばかりの中田が近づく。その手にはケータリングで用意されている、甘目の飲み物があった。

「勉強ですかね、ギターのコード覚えてるんですよ。忘れちゃっても、もう一回覚えればいいかなって」

 晃汰はビッシリと六線譜が書き込まれたノートを中田に見せた。汚い数字が所狭しと殴り書きされたノートに、中田は一瞬だけ頬を強張らせた。よくホラー映画などで見かける、精神異常者が書き残すそれと同等に見えてしまったからだ。

「それで書き写してんだ?向上心の塊ね…」

 飲み物を口に含んだ中田は、くるりと向きを変えて晃汰に背を向けた。いつもならもっと会話を楽しむはずだが、今の晃汰には目の前のコードブックと格闘する事の方が勝っている。それでも書き進めていくと、またもや背後から足音が聞こえてきた。音の主が晃汰には分かっていて、またチョッカイを出しに来たのか、晃汰は内心溜め息を吐いてペンを走らせていた。すると、机の空いているスペースにカフェオレが置かれた。スラリと伸びる手は中田のものだった。

「カフェオレでしょ?晃汰。少し休憩しなよ」

 思わぬ事態だった。歳下ギタリストの身を案じ、中田はわざわざ自販機まで行って晃汰が気に入っている銘柄を買ってきたのだ。急いで礼を言う晃汰だったが、彼の肩を叩いた中田は背中だけを見せて離れていた。彼女なりの応援に、照れ隠しである。

 一区切り付いたところで、晃汰は中田に差し入れてもらったカフェオレを楽しむ。伊達眼鏡を頭に乗せて三白眼のように眼を細めている姿は、まさに金森さやかだった。カフェオレが牛乳であればなお良かった点においては、中田に感謝の意を込めて晃汰は考えないようにした。

 握手会の真っ只中とは言え、いざ握手が始まってしまうと裏方達は空き時間となる。それを利用して勉強に勤しんでいた晃汰だが、業務中という事もあって席を立った。表では長蛇の列を相手にメンバー達が最高の微笑みで握手を繰り返し、ルンルン気分で帰っていくファン達が後を絶たない。気心知れたスタッフ達と談笑をするがふと、レーンの様子が気になった晃汰は眼鏡を乗せたまま、ブースへと向かった。

 元気なメンバーの声と“剥がし“と呼ばれるスタッフの冷静な声が交錯し、果てはファンによるメロメロな声が入り混じる。晃汰は手始めにと、白石のレーンに訪れた。背後からこっそりとレーンに入った為、ファンと握手をしている白石が晃汰の存在に気づくはずがない。それに乗じ晃汰は暫くの間、彼女を後ろから見続けた。一人一人に対して同じ対応はせず、友達感覚な言動が彼女にはあった。まじまじと見る初めてのメンバーの顔に、晃汰は少し感心させられた。
 
 次に向かったのは阪口、佐藤のレーンだ。同い年の佐藤とは最近、急激に仲が縮まった気がしていて、仕事が被る事が多くなったと実感している。そんな二人はすぐに下の名前で呼び合った。元来、苗字呼びを嫌う晃汰ではあったが、なんとなく同い年には気を遣ってしまう風潮があり、佐藤のぶっきらぼうな喋り方も手伝ってなかなか彼からきっかけを作れずにいた。それを救ったのは大園だった。佐藤と仲が良い大園は、すぐに晃汰を交える機会を重ねた。その甲斐あって晃汰と佐藤は仲が縮まった。そして坂口はと言うと、歳下から慕われる兄貴イメージをそのまま体現する晃汰に、坂口は良い意味で気を遣わなかった。晃汰もそれを望んでいた結果、三期生達は多少図々しく晃汰に絡んでいく事となった。

「とは言え、一応歳上なんだからさ、ある程度の敬意ってあるじゃない?」

 休憩時間、面白がって化粧を施してくる岩本と阪口に、晃汰はため息を吐く。ライヴの時はアイメイクをしている晃汰を、両名は日頃から小馬鹿にしていた。

「これは拘りなのよ、YouTubeでBOOWYって調べてみな」

 晃汰が何度言い聞かせても、二人はいうことを聞かなかった。それどころか、かなり厚めにアイシャドウを塗し、化け物に仕立て上げてしまう。もう言葉も出ない晃汰は、年少二人にされるがままだった。

「ほら、できましたよ!」

 自信に満ち溢れた表情の岩本は、晃汰に鏡を手渡した。大体どんな顔になっているか予想がついていた晃汰は、実際に自分の顔を見ても驚くことはなかった。それが岩本と阪口には不服だったらしく、最終的にはつまらなそうな顔をしてその場を離れていった。晃汰はその後、化粧を落とすことなく仕事に就く。勿論、行き交うメンバーが口元を押さえて笑いを堪えるのは言うまでもなく、寧ろそれが彼にとって弔いとなった。

「やってくれるぜ…」

 我ながら冴えない顔になったな、晃汰はトイレの鏡に映りながらひとり、一昔前のギャルになった顔を撫でた。

■筆者メッセージ
同じ話が連投されてたみたいですね、今は解消しました。
Zodiac ( 2020/05/17(日) 22:56 )