C 東雲
十八曲目 〜共闘〜
 ネクタイを締めてベストのボタンを閉め、ジャケットを羽織った晃汰はタクシーに揺られている。窓の外はすっかり日が暮れており、眩いばかりにLEDが所狭しと光っている。だが今夜ばかりは、そんな光源も晃汰の目に写っているだけだった。ライヴでも緊張しないほどの強心臓を持つ彼は、珍しく頬を引きつらせている。それは他ならぬ、これから会食をする人物のせいだった。

 会場は南麻布の料亭で、先方である人物のお気に入りの店である。晃汰はその存在を知ってはいたが、あまり機会が無い故に行ったことがなかった。周辺に住むメンバーはちらほらといるものの、そこへ行こうという声は一切なかった。そんな高級店に、晃汰が乗るタクシーは止まった。車内で現金のやり取りを終えたのを確認し、浴衣姿の仲居がタクシーのドアを開けた。

「丸山様でございますね。お待ちしておりました、ご案内致します」

 品のある腰の降り方で出迎えられ、晃汰も会釈で挨拶をした。品行方正を体現する仲居の後に続き、個室へと通された。まだ先客は見えておらず、晃汰は下座に座って待つ事にした。畳と障子だけのシンプルな作りながらも、都内という事を忘れさせられるほど落ち着いた時間が流れ、思わず深呼吸をしたくなる。こんな所で仕事がしたい、素直に漏れ出た声は静寂に消えていき、晃汰は天井に向かって大きく伸びた。そんな時、左にある扉を叩く音が聞こえた。

「久しぶりだね」

 長い身体を畳むように個室へと入ってきた人物は、晃汰とテーブルを挟んで座った。そんな気使わなくていいのにと、晃汰の計らいを察して呟く。

「お元気そうでなによりです」

 社交辞令だったが勿論目の前の人物が元気な事ぐらい、日々のSNSで分かっていた。それでも久しぶりの再会に緊張した晃汰は、決まり文句しか頭に浮かんでこなかった。二人とも揃ってビールを注文し、まずは再会を祝して乾杯をした。憧れの人を前にして飲む酒は、この上なく旨く感じた。


 突如として鳴ったスマホを見ると、相手は布袋だった。めっきり連絡を取り合っていなかった人物から突然の連絡に、スマホをもつ手が震える。晃汰は恐る恐る内容を読み、口元に笑みを作った。変わらずにユーモアに溢れた文章で、自身やグループを気にかけた内容が書かれていた。そして、近いうちに食事に行きたいという旨までもが盛り込まれていた。その日は仕事が手につかなかった。好きな子からアプローチされた男子学生のように、晃汰は舞い上がっていたのである。それから幾度となく連絡を取り合い、今に至る。

「で、どうなの?身体のほうは」

 布袋は晃汰の怪我を知っていた。業界では公表されていない情報でも水面下で行き届いてしまうことなど日常茶飯事であり、布袋が自分の事を既知な事は驚くことではなかった。

「怪我の方は大丈夫です。ただ、記憶の方が・・・」

 晃汰は進んで、自分に起きた事を説明した。肋骨の骨折から落ちた事、そして記憶をなくした事まで全てを事細かに話した。布袋は腕を組んで、静かに頷いて聞いていた。

「そっか、ギター弾けないのか・・・」

 二杯目のジョッキを傾けるも、布袋が寂しそうな眼をしたのを晃汰は見逃さなかった。そこから少しの間、沈黙が個室を支配した。布袋は目の前の年下“フォロワー”に何と声を掛けていいのかわからず、晃汰は晃汰でそんな布袋の気遣いを分かっていたから話すに話せないでいる。

「でも、今は今で楽しいから問題ないですよ」

 晃汰は布袋に笑って見せた。それが人工的なものでない事は、数年ぶりに会った日本を代表するギタリストでもわかった。そこから、布袋は晃汰の記憶を棚に上げて会話を繰り広げることができた。 当の本人も、そちらの方がずっと居心地が良かった。

 遠く離れたロンドンで生活をしていても、布袋は晃汰の動向をチェックしていた。あえて連絡をする事はなかったが、彼が世間を賑わせながらAKBから乃木坂へ鞍替えしたのも知っていた。そんな事もあって、布袋は久しぶりに来日するタイミングで晃汰を呼び出したのだ。晃汰は招待されたことが素直に嬉しかったのと同時に、布袋に聞きたいことがあった。それは白石を含むOG、そしてBOOWYに共通することだった。

「やっぱり、自分が今いるステージを変えてまで、挑戦したいこととかやりたい事があるもんですか?まだ口外できないですけど、そういう瞬間に立ち会ったもので、やっぱりその、僕が愛したバンドと似てるんです。去り際っていうか、終え方が・・・」

 晃汰は言葉を選びながらも、真意を確実に突きながら布袋に質問を投げた。大多数のアイドルグループに卒業という習慣がある事は分かっており、晃汰がオブラートには包んでいるものの、その事を言っているのはわかった。そして、その結末を自分が過去に在籍していたバンドと重ね合わせている事も、布袋は察しがついた。

「本当にネットと同じような事しか言えないんだけど・・・ 達成感とか違和感とか、孤独感とか、そういうものがミックスされて卒業とか“解散”とかに至るんだよね。俺自身、当時を思い返すとそれに似たようなものがあって、海外でもソロでもやってみたかった。でもいざソロになると、四人で演ってた頃が妙に懐かしくてさ。もうあの頃にはもどれないんだなって、だから1stアルバムで『Glorious Days』を歌ったんだよ」

 布袋は残っていたビールを飲み干し、空になったジョッキを机に置いた。頷きながら聞いていた晃汰だが、もしかして自分はTV番組でも聞き出せないような事を聞かされているのかもしれない、という心境に陥った。晃汰は“BOOWY”を見たことが無い。彼の中に作られている四人の要素は全て雑誌、映像、想像から成り立っているものだった。言わば幻想に近い存在を、晃汰はひたすらに追い求めてきた。そしてそれは少し違った方向からアプローチする事となった。それでも知人を介して知り合ったこの親子ぐらい歳の離れた“ギタリスト”を、布袋は非常に気に入っていた。お馴染みの白黒幾何学模様のシグネチャーの使用を公認したのは、後にも先にも晃汰だけだった。それからというもの、お互いの誕生日にプレゼントを贈り合う仲にまで発展していったのだ。晃汰はいつの間にか、ファンから同業者になってしまっていた。

 そんな彼から相談されてしまえば、アドバイスする他に答えなど布袋には無かった。今までに解散や休止を味わってきた立場として、布袋は真剣に晃汰が抱える闇を振り解こうとした。自信が経験したこと、聞いたこと、目の当たりにしたこと全てをひっくり返して、目の前でもがく自分の分身を救おうと決意したのだ。

「俺もあったよ、何もやる気が起きなくて音楽を辞めようって思ったこと。BOØWYが解散してすぐだったかな、本当に何もしたく無くてさ」

 酒のせいか思い出のせいか、布袋はしみじみと語りはじめた。

「でも、いままでギターしか弾いてこなかったしギターしか出来ないから、俺は死ぬまでギター弾いてやろうって決心したのよ」

「それが、左肩に入れたタトゥーの意味ですよね。確かベルリンで87年に入れたんですよね?」

 ウィキペディアで覚えた知識を、晃汰は自慢げに本人にぶつける。当たり、と言わんばかりに布袋は眉を動かした。

 高級料亭を出た二人は、同じタクシーに乗って当たり前のように二軒目に行った。二人が初めて会った日に同じように行った、布袋行きつけのバーだった。そこでも二人は声量こそ大人しくしているが、会話の量は先ほどの料亭より増えている。

「新しいアルバムに、呼ぶつもりだったんだけどな…」

 モヒートを舌に含んだ布袋は、右隣に座る晃汰を残念そうに見つめた。

「そう思ってもらえるだけで光栄です。記憶が元どおりになったら、ぜひ呼んでください」

 言葉は穏やかに返した晃汰だが、内心は失望でいっぱいだった。憧れ続けてきたギタリストの作品に参加できることが、どれだけ嬉しいことか。その時ほど怪我を呪い、自分の過ちを悔いた事はなかった。

「でも、演者じゃなくても来てもらいたいかな。色々と手伝って欲しいし」

 布袋は口元に笑みを寄せた。ライヴでもよく見られるそんなキュートな笑顔に、晃汰は眼を剥いて固まった。

■筆者メッセージ
久々の布袋さんです
Zodiac ( 2020/05/09(土) 09:22 )