B 黄昏
十七曲目 〜Thanks a Lot〜
 旅行から数週間後、白石は自身のブログを更新した。"感謝。"とだけ題された本文は、およそファンのみならず一般の人間でも目を逸らしてしまいたくなるような内容だった。時代が終わる、口にはしないが誰もがそう思ってしまった。それもそのはずで、次期エースと言われるメンバーは数いるが、どれをとっても白石ほどの知名度と人気を博することなど不可能だった。

 熱海以降、白石と晃汰が顔を合わせたのは、彼女がブログを更新する日より少し前だった。本人から直接、メンバー達に卒業発表をするため、乃木坂本部の会議室に一同が足を運んだ時である。

「本当に発表するの?」

 相対して早々、晃汰は重い口を開く。

「うん、もう決めた事だから。それにここで引き返したら、晃汰に申し訳ない」

 白石は澄んだ目を晃汰に向けた。彼女がもう考えを改める気など無いことを、晃汰はその表情で察した。幾人と卒業生を見送ってきたが、その誰もが迷いのない顔で去って行く。それが晃汰の胸を余計に締め付ける。

 全メンバーが着席すると、扉脇に待機していた晃汰はそっと扉を閉めた。連絡があるとだけ伝えられて集まった連中は、不穏な空気を感じて押し黙っている。知らぬが仏とはよく言ったものだが、今回に限っては事前に知っていて良かったと晃汰はため息を吐いた。

「お忙しい中、集まってもらってありがとうございます」

 小洒落た格好の今野が、いつものように面々の前に歩み出た。それだけでメンバー達が固唾を飲む音が、少し離れて見守る晃汰と竜恩寺に聞こえた。いつもとは違う参集の連絡に、殆ど察しが付いていたと伺える。

「今日は、大事なお知らせがあって皆さんに集まっていただきました」

 毅然とした態度で話す今野とは対照的に、事態の結末を知っている晃汰を含めた連中は、既に眼を赤くしている。

 あっさりとした卒業発表だった。本人に涙はなく、自身を見つめるメンバーに経緯を説明する。殆どのメンバーが嗚咽し、目元を押さえる。親交の深い面々は泣き崩れ、椅子に座っているのがやっとだった。

「次のシングルの活動が最後になります。それまで、白石と思い出を作ってください」

 再び登場した今野が最後に呼びかけ、解散となった。彼を含む首脳陣は空気を読んで早々に退出した。晃汰と竜恩寺も後を追って出ようとしたが、残れと言わんばかりに白石からのアイコンタクトを受けた。仕方なしに会議室に留まる二人に、白石は手招いた。

「後の事、よろしくね」

 我慢はしているものの、その眼は赤い。白石は最後までエースとして振る舞いたいと考えていた。晃汰も無言で頷くと、バレないように指先を目元にやった。竜恩寺は腕を組んで、口を真一文字に閉ざしている。そこへ、生田が白石に抱きついた。姉妹のように寄り添っていた二人だから、こうなってしまうことは必然だった。白石は必死にそんな生田を抱きしめる。続いて高山と秋元も、白石に歩み寄ってきた。一期生の絆を目の当たりにし、いよいよKKコンビも我慢の限界が近づく。そして少し前に同じように卒業を公表した井上が二人の肩を抱いたところで、晃汰は歯止めが効かなくなった。乙女な美貌とは裏腹に男気を兼ね備えた井上は、ギュッと年下男子を抱きとめた。柔らかな胸が良いクッションになっているが、晃汰はそんな事お構いなしに彼女の服を濡らす。井上も想いが募り、晃汰の頭に頬を寄せた。

 その後、白石と何人かは有志で帰りがてらに呑みに行った。晃汰も誘われたが、そこはメンバーだけの時間を演出して断った。白石に対する思いは全て打ち明けているし、言ってしまえば"外様"な自分はどこか線を引いている。そんな事も手伝って、晃汰はその場に行かないという判断を下したのだった。

 


Zodiac ( 2020/05/05(火) 10:51 )