@ 昏睡
三曲目 〜Wake Up〜
 ギタリストが病院に運び込まれた翌日、即ち神宮最終日から一夜明けた日、竜恩寺はギタリストの愛器である布袋寅泰モデルのギターを持って彼の病室に向かった。菓子や花よりもよっぽど気にいるだろう、竜恩寺は目を覚まして驚く晃汰の顔を想像しながら車を運転する。

 竜恩寺の他に見舞客はいなかった。晃汰の両親は容態が安定したのを待って、日付が変わる頃に病室を後にしていた。その事は本人たちからのLINEで知っていた竜恩寺は、自分と患者の分の天然水を買って病室の扉をスライドした。昨夜には閉まっていたカーテンが開けられており、焼け尽くさんとする太陽の日差しが暗い病室を照らす。それはナースの仕業だという事は、昨夜と全く同じ服装で全く同じ体勢のまま寝ているギタリストが物語っている。

「まだ眼ぇ覚ましてないのか」

 手荷物を丸椅子に置きながら竜恩寺は呟く。もしかしてこのまま・・・なんて要らぬ事を考えてしまった竜恩寺は、持ってきたギターを早速スタンドへと立てかけた。この日、竜恩寺は徳長に言って休暇をとった。理由は特に言わなかったが、徳長は竜恩寺の真意を察して快諾した。ホワイトな企業で良かったなと、竜恩寺は薄いレースのカーテンを閉めながら感じた。まぁ給料もそれなりに貰ってるしな、と下世話な事もチラリと浮かばせながら。

 病院近くのカフェで一人、ランチを楽しんだ竜恩寺は病室に戻り、患者を横目に読書に耽った。彼の愛読する「十津川警部」シリーズである。時間を忘れて本を読むなど、もう何年もしていないように竜恩寺には感じられた。年間二十日間の休暇を与えられており、それは48でも46でも同じだった。だが前もって休みが取れるわけではなく、唐突に翌日が休みになったり、その逆もあったりする。業界とは、予定休が取りづらいことで有名なのである。それでも、同年代よりかは貰っている給料や日に日に輝きを増すメンバー達を見ていると、自然と疲れが吹き飛んでいくような気が彼らにはしていた。ただ、働きすぎも良くないので、今野と徳長が音頭を取って積極的に休暇取得をさせているのは言うまでもない。

 トイレ休憩に立つことなく一冊を読み終えた竜恩寺に、森保から連絡が入った。

「もうすぐ病院に着くから、案内して」

 晃汰がICUに運び込まれた直後、森保へ竜恩寺は事の顛末を連絡していた。今この時点でも晃汰が入院しているのは、乃木坂の主要なスタッフしか知らない。言わばトップシークレットな情報ではあるが、勝手が違う森保への連絡を竜恩寺は欠かさなかった。それを知った森保はすぐに仕事の調整をつけ、羽田行きの飛行機に乗ったのだった。

 竜恩寺の案内で病室に通された森保は、彼氏が病院着で横たわる姿に絶句した。後ろ手でドアの鍵を閉めた竜恩寺は、晃汰の顔を覗き込む森保に丸椅子をすすめた。

「二日目のリハで転んで、その時に肋骨を折ってたらしい。相当痛かったと思う、それを紛らわす為にエナジードリンクをバカ飲みして、折れた骨が肺に刺さったのも重なって気失って階段から落ちて・・・」

 あの日の悪夢が蘇り、竜恩寺は身体の横の拳を悔しさから握りしめた。幾らか落ち着きを取り戻した森保は椅子に座り、竜恩寺の話をじっと聞く。

「またギター弾けるようになるってさ、安心しな」

 まるで自分に言い聞かせるように、竜恩寺はまっすぐ森保を見つめた。そんな森保からは、安堵のため息と同時に涙が頬を伝った。言葉だけで彼氏の危機が伝えられ、不安な時間を過ごした。できるなら今すぐにでも飛んで行きたかったが、彼女にも仕事というものがある。自分を待っていてくれるファンもいるし、自分を間違いなく成長させてくれるピアノアルバムの完成も間近である。晃汰の苦しむ姿をグッと胸に押し殺し、自分のやるべき事を必死にこなした。そして羽田行きの飛行機に単身、飛び乗った森保だった。

 涙を拭う森保に、気を遣って竜恩寺は窓の外に目をやったその時、呼吸器を外す音とともに衣服と布団とが擦れる摩擦音がベッドからした。二人はまさかと思いベッドに駆け寄ると、そのまさかが起きていた。

「こんな呼吸器なんか付けられて、俺は誰かに撃たれたのかよ・・・」

 彼らしい冴えないジョーク、二人は目を合わせて笑顔になる。

「撃たれてた方がマシになってたかもな」

 竜恩寺はそんな晃汰に答える。

「なあ、京介。俺がなんでこんな事になったのか教えてくれや」

 晃汰は自分を拘束する点滴、センサー類にあからさまな嫌な表情をしながらも、竜恩寺の目を見た。

「それで、お前の横のこの女の子はどちら様かな?」

 笑顔だった二人の表情が凍りついた。窓の外では相変わらずに、太陽の光が街中を焼き尽くしている。

Zodiac ( 2020/01/20(月) 13:12 )