@ 昏睡
一曲目 〜墜落〜
 玲香コールが熱い客席から飛び交うなか、悲鳴とも似た声が暗黒の舞台裏を引き裂いた。

「晃汰!!!!!」

 生身の身体とコンクリートの床とがぶつかる鈍い音が響き、横たわる一人の男。身体を至る所に打ち付けながら階段を転げ落ち、冷たい床に激しく背中から落ちる。関係者と打ち合わせをしていた竜恩寺は、盟友の名前を叫びながら走り寄りギタリストを抱き上げる。

「メンバーに言うんじゃねえぞ」

 竜恩寺の腕の中で、消え入るような声の晃汰が最後にそう言い、そして目が閉ざされた。竜恩寺はすぐにギタリストの胸に耳を当て、心臓の鼓動(Heart Beat)を確認する。小さいながらも晃汰のエンジンは火を消してはいなかった。

「救急車を呼んでくれ!できるだけ球場から遠い所に手配するんだ!!」

 鬼気迫る竜恩寺の指示に、周りにいる十数人のスタッフが二つ返事で応じる。

「・・・は担架を、・・・は添え木になるものを!」

 変色した晃汰の胸を見て、竜恩寺は救急隊員のように冷静且つ的確に指示を出す。表では乃木坂46の支柱が、最高の形でその役割に幕を下ろそうとしている。その邪魔をすることは何がなんでも許されない。竜恩寺はその思いと重症の親友とを抱き抱えながら、どちらも無事に終わってくれと祈るばかりだった。

「やっぱり大怪我だったんだな、このバカ・・・」

 到着した担架に晃汰をのせながら、竜恩寺はまだ眼を開けないギタリストに吐き捨てる。2日目の全体リハーサル、ギタリストが盛大にコケたのは笑い話で終わらなかった。本人は笑って誤魔化していたものの、始終を見ていたスタッフの何人かはギタリストの身を影ながら案じていた。固いスピーカーの角に全体重をかけて打ち付けるのだから、平気な訳がない。暗い舞台裏では、その事が本人の知らない所で囁かれていた。だが、その当人が元気いっぱいにステージを走り回るものだから、噂話をしている者たちもどこかそのゴシップを信じ難かった。目の前で身体いっぱいにアクションをしているのだから、彼が怪我などしているはずが無いと、いつしかその噂は一人を除いて否定された。竜恩寺である。彼はギタリストの性格を森保以上に熟知している。大舞台で弱音を吐くことなど晃汰に無いことぐらい、竜恩寺には分かっていた。そんな筆頭スタッフの考えを裏付けるかのように最終日の開演直前、白石から人気のない暗がりに連れ込まれた。

『晃汰なんだけどさ、胸のあたり怪我してるかもしれない・・・』

 神妙な面持ちの白石を見て、竜恩寺は確信した。

『円陣の時に背中摩ったら、テーピング巻いてるみたいだったの。真夏と晃汰に聞きに行ったんだけど、教えてくれなくて・・・』

 今にも泣き出しそうな白石を落ち着け、竜恩寺は彼女を残して暗がりを出た。勘違いであってほしいと願っていた想いは逆の方向に振れ、確信を持ってその仮説を立証してしまった。晃汰の容態に白石の情緒、筆頭スタッフの竜恩寺にとったら胃が痛くなるほどの不安材料を抱えて最終公演はスタートした。

 そして今、最高の形で終えようとしていたツアー最終日が最悪の形で終わろうとしている。いや、“こんなこと”は揉み消してしまえばいい。きっと晃汰もそれを望むに違いない。病院へと急ぐ救急車の中で、酸素マスクを付けられた晃汰を見ながら竜恩寺は思った。現場の関係者たちにはこの一件を口止めし、絶対にメンバーには口外しないよう強く口止めしてきた。だがそれもいつまで持つか、打ち上げにギタリストと筆頭スタッフが出ない時点で、演者達は不可解に思うだろう。サシで飲みに行ったと言えば反感を買うだろうし、第一次の日から姿を見なくなれば辻褄が合わなくなる。

「雨なんか降らなきゃ・・・」

 思い詰める竜恩寺の足元に、自身の涙が落ちる。それは誰にも喜ばれず、誰からも祝福される事がない、“卒業”とは真逆の涙だった。


■筆者メッセージ
第三弾始めました。スタンスは変わりません。
Zodiac ( 2020/01/09(木) 20:14 )